2021年の漫画

今年は今まで気になっていたけど読んでいない漫画、完結したけど途中までしか読んでいない漫画を読んだ。その結果、かなりの量の漫画を読むことになったので記録を残す。

wako『サチコと神ねこ様』

youpouch.com
以前から継続して読んでいる四コマ漫画。Web連載のため、仕事終わりに読むのが日課となっている。

ヤマシタトモコ『違国日記』

www.shodensha.co.jp
以前から継続して読んでいる。最新巻である8巻は未読である。本書における「違国」は姪から見た叔母の世界と思われたが、物語の進行に伴い、様々な他者の価値観を指すことは明らかだと思う。時事的な話題も違和感無く取り入られており、時に辛いものの非常に面白い。

岩本ナオ『マロニエ王国の七人の騎士』

flowers.shogakukan.co.jp
昨年からのめり込むように読んでいる。マロニエ王国=中つ国の七人兄弟が大使となり、周辺諸国へ赴き、異国の地で自らの出自や世界の成り立ちを知るという王道の中世騎士物語である。素晴らしい線で構成された柔らかな絵柄で登場人物の心情の機微が丁寧に描かれており、一度読んだら止められない。

鳥山明『DRAGON BALL』

アニメでセル編あたりからざっくりと内容を把握していたものの、ナメック星編を把握していなかったため、全巻を通読した。

川原正敏(原作)、甲斐とうしろう(作画)『修羅の紋』

www.gmaga.co
陸奥圓明流の異世界転生物語。なお、陸奥に魔力は無い。

アサイ『木根さんの1人でキネマ』

manga-park.com
映画好きを主人公にしたコメディ漫画。そういえば最近は映画を観る習慣が無くなった。

山田鐘人(原作)、アベツカサ(作画)『葬送のフリーレン』

www.sunday-webry.com
魔王を倒した勇者パーティーの長命のエルフの魔法使いであるフリーレンは勇者の死後、人を知るために旅に出る。精緻な絵柄とフリーレンの感性の表現なのか淡々と進む物語が良い。

武論尊(原作)、原哲夫(作画)『北斗の拳』

強さの指標は愛と哀しみ。サウザーやラオウを倒しても物語は続くので最後までちゃんと読もう。

福本伸行『賭博黙示録カイジ』

賭博黙示録 カイジ 1

賭博黙示録 カイジ 1

Amazon
yanmaga.jp
ざわ・・・ざわ・・・(25周年記念で無料だったところ、夢中になり、全巻を購入して読んだ)

ほったゆみ(原作)、小畑健(漫画)『ヒカルの碁』

shonenjumpplus.com
友人から途中まで借りて読んだことを思い出した(月日は移ろい、その友人は今では衆議院選挙に立候補している…)。なお、囲碁のルールは理解できていない。

杉谷庄吾【人間プラモ】『映画大好きポンポさん』

comic.pixiv.net
映画化を知り、改めて読み直した。

日渡早紀「ぼく地球シリーズ」

たまに「ぼくの地球を守って」を読みたくなることがあり、それを機に続編を一気読みした。続編が継続できる構想力が凄い。

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』

読め読めと言われて読まぬ天の邪鬼を斬る

松本大洋『東京ヒゴロ』

漫画編集者が自らの信念に基づき漫画家に声を掛けて雑誌を作ろうとしている。

荒木飛呂彦『ジョジョリオン』

完結に合わせて再読した。また、杜王町が舞台となる第4部も再読した。東日本大震災を経た杜王町を舞台に、記憶喪失という形で系譜や血脈を受け継がない主人公が活躍する本書は冒頭より「これは呪いを解く物語」であるとテーマを掲げる。系譜や血脈は因果や呪いとして示され、登場人物たちは因果や呪いに束縛されつつ抗う…と理解しているものの、ロカカの実やスタンド能力を含め、第4部や第7部の内容も織り込んでいるため、抽象化して説明することが難しい作品だと思う。

諫山創『進撃の巨人』

完結に合わせて再読した。ふと思ったが、良し悪しは別として上述した「ジョジョリオン」が抽象化することが困難な複雑な物語であるとすれば、「進撃の巨人」はパズル的な複雑な物語であると言えるかもしれない。

ブッチャーU(漫画)、ムンムン(原作)、水龍敬(キャラクター原案)『せっかくチートを貰って異世界に転移したんだから、好きなように生きてみたい』

エロ有りファンタジー有りロボット有りのてんこ盛り。

無題

「10年以上、特に生活が代わり映えしないんです。ええ、そうなんです。そりゃ10年もあれば色々あったんですけど、思い返すことができないっていうか…。例えば、親の顔や友人の顔なんかも鮮明に思い浮かべることってできないじゃないですか?それと同じです。でもね。それを以前話したら、高校で数学が良くできる先輩が、今はプログラマーとして働いているんですが、その先輩は人間の記憶はパソコンみたいに一枚の画像を記憶することもできないっていうです。どうやら記憶っていうのは五感から構成されているようですね。五感で構成される記憶?もちろん、わかるんです。脳をモニタリングすれば脳が同時多発的に動いているんでしょう。私が大学の講義で憶えている古典的な話ですと、ピタゴラスだったか、いや、プラトンだったかソクラテスだったか、ちょっと記憶は曖昧なんですが、数学の話から音楽の話題になる訳です。特にピタゴラスの音楽の話は数学がからきし駄目な私には難解でした。それはともかく音は直観に作用するっていうんです。だから音楽っていうのは良いものだと。そしてデカルトからカントの話に至る訳なんですが、カントは人間の認識の形式は空間と時間だって言うです。音楽というのは音の連なりですから、時間の認識に属していることになるそうです。時間が止まれば音も止まる。つまり、時間の継続は音楽の継続を意味するんです。もちろん音は空間に対する響きですから空間の認識にも属していると思うんですが、そこまで言及されていたかは今となっては憶えていません。何だか話がとっ散らかってしまいました。とにかく私の生活は色々あったけどやっていることはいつも同じなんです。朝起きて、電車に乗って会社に行って、会社で仕事をして、客先に出向いて、帰宅して、そして眠る。私の生活における音楽?専ら出退勤の移動中にイヤフォンで音楽を聴いています。今はコロナウイルスの影響で電車の窓も開いていますから、どんな音楽も強烈な雑音を背景にしています。それでですね、音楽を聴きながら帰宅の途に着いている時、残業を終えて、電車に乗り、乗り換えのために電車を降りて駅のホームに立った時、ふと思ったんです。何故、人はこの美しい雑音が入り混じった音楽だけに飽き足りず、生活をしているのかってね」

珈琲東山/まとめ

当ブログで最も読まれているのは友人が営んでいる自家焙煎珈琲「珈琲東山」の記事となっている。
嬉しい反面、わざわざ検索までして友人の喫茶店のことを調べようと思う人々には最も良い情報に触れて欲しいという気持ちがある。
そのため、現状のネットで確認できる情報をまとめることにした。



www.facebook.com
珈琲東山のウェブサイト。店主が記事を投稿しているため、最新の情報はここから確認しよう。フェイスブックのウェブサイトになるため、セキュリティチェックが必要と表示されているが、問題無くサイトにリンクされています。



www.porta-y.jp
山梨県内の情報を届けるポータルサイトPORTAにおける珈琲東山の紹介。
店内の様子や雰囲気がよく分かる。地図で駐車場の位置が確認できる心配りも嬉しい。
ちなみに山梨県・公益社団法人やまなし観光推進機構が提供する「富士の国やまなし観光ネット」にもPORTAが提供している珈琲東山の記事がある。



www.rubaiyat.jp
店主が珈琲東山を開業するまで働いていたルバイヤートのワインで知られる丸藤葡萄酒工業のブログ記事。
記事にもある通り、珈琲東山ではルバイヤートのワインを多く取り揃えている。


www.instagram.com
店主の後輩の珈琲東山に関する素敵なinstgramの投稿。
上記の記事と比較すると使用されているソーサーに違いがあることに気が付く。





当ブログの記事。
bullotus.hatenablog.com
bullotus.hatenablog.com

珈琲東山/アイスコーヒーの淹れ方

令和元年5月末日、松本での仕事帰りに自家焙煎珈琲「珈琲東山」を再訪した。
bullotus.hatenablog.com


夏と言えば冷たいアイスコーヒー。今回は以前の記事で触れたアイスコーヒーの淹れ方を動画で紹介する。



珈琲東山のコーヒーはネルドリップ(「ネル」と呼ばれる布製のフィルターを使用してコーヒーを抽出する方法。ネルは「フランネル」の略)だが、アイスコーヒーのためペーパードリップ(紙製のフィルターを使用してコーヒーを抽出する方法)を使用している。最近は上記のシェーカーではないアイスコーヒーの淹れ方も覚えたとのこと。

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アイスコーヒー/シェーカー使用によるコーヒー表面の泡が口当たりをまろやかにしている

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アイスコーヒー/ミルクを使用。ミルクはこだわりの低温殺菌牛乳

夏の暑さに珈琲東山のアイスコーヒーを思い出し、飲んで涼みたいと思う今日この頃である。

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ネルドリップを終えた店主/基本的に気さくな方なので話し掛けると喜ぶと思います

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平日の営業時間が11:00~から12:00~になりました(令和元年5月末日時点)

自家焙煎珈琲 珈琲東山
〒405-0005
山梨県山梨市小原東72 イーストセルジュ2


bullotus.hatenablog.com

珈琲東山

友人がJR東日本中央本線/東山梨駅前に自家焙煎珈琲「珈琲東山」を開業した。







落ち着いた趣の店内。座席は10席程度



友人は大学卒業後、青山や京都のレストラン、ロンドンのミシュランスター1つ星の日本食レストランでウェイターとして経験を積んだ。帰国後は日本ワイン界をリードするワイナリーの1つであり、ルバイヤートのブランド名で知られる丸藤葡萄酒工業株式会社で働いた。
一方、大学在学時から喫茶店に興味を持ち、大坊珈琲店の手回し自家焙煎とネルドリップというスタイルに強い影響を受けた。




大坊珈琲店の影響を示す手回し自家焙煎機






珈琲豆とワイン。同店では焙煎の深さと抽出方法で、濃厚/インドネシア産マンデリン、濃い目/イエメン産モカマタリ、普通/エチオピア産イルガチェフェとメニューを分けており、国内産を中心にセレクトしたワイン、ウイスキーも提供している





濃厚/インドネシア産マンデリン



友人曰くまだまだ試行錯誤しているとのことだが長く店を続けたいという。

それでは客として珈琲東山でお会いできれば幸いです。
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自家焙煎珈琲 珈琲東山
〒405-0005
山梨県山梨市小原東72 イーストセルジュ2


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うしろめたくない過ごし方

ライターの雨宮まみが亡くなったという。
通勤途中にアカウントも持っていない他人のtwitterをスマートフォンで巡回していると不意に訃報を知ることになった。
私は雨宮まみの知り合いでは無く単なる一読者に過ぎない。しかもネット上の連載しか読んでいない、余りよろしくない読者だろう。
それにも関わらず、スマートフォンの液晶から発せられた情報は私はひどく動揺させた。
そもそも、雨宮まみをどのように知ったのだろう。今でこそ聴かなくなってしまったラジオ番組を介してだろうか?その後はtwitterでフォローしながら彼女のコラムを読んでいたのだろう。
彼女の文章は自らの考えを赤裸々にした上で話が組み立てられていた。その律儀さと真面目さに頭が下がる思いがしたと同時に、言葉にすることによって彼女自身深く傷ついたのでは無いだろうかと思う事もあった。しかし、それは物事を表現する際に避けて通れない性質であって勝手な同情というものなのだろう。
彼女の訃報を知った際、直ぐ様思い出したのは、つまり私に雨宮まみという存在を印象付けた、人生相談への回答だった。
彼女はここで相談者に対して、大きな変化を起こすのでは無く、自ら地味なつまらない方法と語りながら、今出来る少しの調整により罪悪感や不安を減らしていく事を勧める。
私の回答を読んだ時、「ああっ」と思わず心の中で呻き膝を叩いた。罪悪感や不安を減らし、余裕を持てるようになるのが「自由」だったのだ。
そう、意外にも日常には小さな罪悪感や不安がひしめいている。シャワーを浴びず歯磨きもしないで寝てしまう、部屋を片付けない、洗濯物を溜めてしまう、約束の時間を守れない、伝えたいことが伝えられない…そういった罪悪感の数々が劣等感を生み、人を脆く倦ませるのでは無いだろうか。
罪悪感を減らす。それはつまりうしろめたい思いをしない事だ。意外にもこれは難しい。正しさを求められている訳でもない。何かを禁止する訳でも無い。どちらかと言えば、事前の準備や具体性が求められる性質である。正直少し面倒な事だが、少しこれを意識する事で、かなり楽に日常を過ごせるようになった気がする。それを教えてくれたのが、他ならぬ雨宮まみだった。それ故に私は動揺してしまったのだ。

cocoloni.jp

上記のような文章も好きだったが「運命のもの、どこで買えますか?」といった連載が面白かった。特にスニーカーを購入する回は、おそるおそる好奇心を持ってスニーカーを試し履きしていく様子がとてもキュートで、照れ笑いをしているようにも見える、スニーカーを履いてポーズを決める雨宮まみの写真がとても素敵だ。

srdk.rakuten.jp

雨宮まみさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

mamiamamiya.hatenablog.com

2014年の読んだ漫画メモ

Kindle Cloud Readerの導入

Amazonのwebブラウザで漫画を読めるアプリが公開され使うようになった。スマートフォンで漫画を読む気になれなかったが、ブラウザサイズならストレス無く読める。ちなみに読む時は全画面表示にしている。悪い点は漫画の情報を全て読み込むまで少しだけ待たないといけない事と漫画最新刊発売日からKindleまでの発売日にブランクがある事。
これを使って既に「るろうに剣心」、「ダイの大冒険」を読み、今まで単行本を買っていた「MIX」、「ジョジョリオン」を電子書籍に移行した。

主人公たちは明青学園高等部に進学。主人公とヒロインたちの人間関係が明らかになりつつライバルたちの存在もちらほら。これから親たちの過去も明らかになるようだ。

第七部スティール・ボール・ランレースの東方憲助の子孫の呪い、東方家の長男つるぎとの攻防、建築家八木山夜露の襲撃が描かれる。登場人物たちが抱える影の部分に焦点を当てればこの作品が描いてきた血脈が一筋縄ではいかない事が判る。そしてその点こそ本作の面白さである。

ヤングアニマルにて「ベルセルク」を休載して短期集中連載されたSFファンタジー。失われた格闘技レスリングの使い手である元奴隷と妖精の旅が描かれる。風の谷のナウシカの世界観でウルトラマン巨神兵と戦うような感じなのだが、やりたい事やったもん勝ち、面白く読んだ。

勝田文の短編集。結婚式の中止で持て余したご祝儀を片手に寿司屋を尋ねる女性を描いた表題作「小僧の寿し」、母から受け継いたおでん屋を営む「願いを叶える」事が出来る女将と北欧の御曹司の恋愛を描いた「チビのおでん」、高校時代の失恋を引きずる女性と昔から変な洋楽を聴いていた先輩との小旅行を描いた「すいかドライブ」、生真面目なMRの女性と四半世紀年上の男性の長く一瞬の恋愛を描いた「ととせの鴨」、ディケンズの原作をコミカライズした「クリスマスキャロル」が収められている。
コミカライズ作品の誠実さも好きだが、オリジナルの日常や機微を描いた作品の面白さが著者の真骨頂であると思う。また綺麗な女性を描くようになった。

小僧の寿し (マーガレットコミックス)

小僧の寿し (マーガレットコミックス)

メジャーからソーっとデビュー、かなりマニアな方向のロックバンド「メトロ6R4」の日常を描いた作品。
もうほんと何でもない大人の日常を描いたこの作品。最近は自分の日常と変わりないのではと思えてきた。だったら漫画を読む必要無いと思うかもしれないが客観的になるっていうのは重要な事。
本作は著者の過去作品と共通の世界観を擁しているらしく、2巻では「大阪豆ゴハン」の主人公の一人である安村松林がストリングスアレンジャーとして登場。結構衝撃を受けた。ちなみに第1巻では「誰も寝てはならぬ」からねねと巴もちょい役で顔を見せている。


  • その他の雑感

川原正敏著「修羅の門」、藤崎竜著「かくりょものがたり」、森川ジョージ著「はじめの一歩」、モーニング連載作品は継続して読んでいる。ワクワクして読んでいるのが「修羅の門」という状況。割と惰性で読んでいるもののこれらが日常の楽しみでもある。

国立西洋美術館「ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場」「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」

5月11日、国立西洋美術館にて「ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場」「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」及び常設展を観賞。平野啓一郎がキュレーターを務めた「非日常からの呼び声」に興味を持ち出掛けた。

  • 「ジャック・カロ リアリズムと奇想の劇場」

ジャック=カロは現在のフランス、ロレーヌ地方出身*1の版画家。フィレンツェ在住中に独立しメディチ家から注文を受けていたという。作品は、王宮の生活、軍隊、街の風景、乞食、ジプシー等を描いていた。手のひらサイズの作品から大きな作品まで様々だ。どの作品も細部まで描かれており、街の人々が入り乱れた大きな作品は見応えがある。時折、神話の怪物たちが戦士たちと共に現れる等ユーモアも感じられる。戦争を描いた作品が有名なようで、軍籍に登録する様、略奪、木に吊るされた死体等の作品があった。とはいえ版画の為なのだろうか、そこには悲惨さより淡々とした雰囲気が感じられた。


  • 「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」

国立西洋美術館収蔵品を平野啓一郎がキュレーターとして作品を選び解説をした展示。展示物もそれぞれテーマが設けられていたが忘れてしまった。作品の解説に「エイリアンのよう」等と作品を細部に渡って丹念に観察したコメントが面白かった。今でも印象に残っている作品はアルブレヒトデューラー「メレンコリア I」。天使が頬杖をついている。この天使がたくましくキャラが立っている。ディーリック=バウツ(派)*2「悲しみの聖母・荊冠のキリスト」。目を赤く腫らしたキリストとマリアの何らかの苦しみ。吸引力がある。

  • 常設展

高校生の時、大学見学を兼ねた東京遠足があった。班行動だった為、どういった理由だったか忘れたが上智大学を尋ねた後、友人たちに付き添って原宿に立ち寄った記憶がある*3。そこで客引きの黒人に柔道部の友人が「ヤマガタ」と言って呼び止められたのは今でも笑い話となっている。それはさておき、同じ部活の同級生は国立西洋美術館を尋ねたらしくモネの「睡蓮」にいたく感激していたのだった…という事を睡蓮の絵を眺めながら思い出した。実物を前にすると確かに感動的である。「黄色いアイリス」も良かった。その他、部活繋がりで言えば弓道部だった事もあり、エミール=アントワーヌ=ブールデル「弓をひくヘラクレス」は丹念に眺めさせて貰った。弓から引いた弦まで間に歪みは無くそのままそこに矢を置く事も可能だろう。その他の展示物も全て目に入れるよう廻ったがほとんど忘れてしまった。

*1:フランス北東部でありドイツと隣接している。

*2:彼の工房で創られたレプリカという事らしい。

*3:尚、班行動した俺を含めた仲間たちは上智大学には進学する事は叶わなかった。

「磯崎新 都市ソラリス」「Open Space 2013」

レム=コールハース著「錯乱のニューヨーク」を読んでいたところ、磯崎新による都市ソラリスなる展示がNTTインターコミュニケーション・センターで行われている事を知り観覧に行った。以前からICCに行ってみたいとも思っていたのだ。
展示はこれまで磯崎新が手掛けた都市計画プロジェクトの変遷を辿る仕組みになっている。
空中都市、孵化過程、お祭り広場、コンピュータ・エイデッド・シティ、東京都新都庁舎、パラディア、海市、中国大陸に於ける都市ブロジェクト。磯崎新及び建築に疎いので判らない事の方が多いが、『福島第一原発観光地化計画』が参考にしている事が一部展示で判った。
中国都市プロジェクトの一つ、鄭州プロジェクトの模型展示は正にソラリスそのもの。脳波と脈拍を計る器具を頭に取り付け、プロジェクターから流れる複数の映像を眺める。その後計測された脳波と脈拍を元に模型内に設置されたロボットアームが発泡スチロールを成形し、模型を一つ付け加えるのである。惑星ソラリスに於いて無意識が発現してしまったが、その無意識を都市に発現させようというのである。「惑星ソラリス」や「ストーカー」の登場人物なら恐れ慄くだろうが、観覧者は並んでこの展示に参加していた。こういった事が可能な状態が非常に面白いと思った。

磯崎新 都市ソラリス」展を出た後、「Open Space 2013」を見て周る。色々面白かったが和田永(Open Reel Ensemble)《時折織成ver.2--落下する記録》が非常に面白かった。

詩人の消滅(2013)

大晦日、この言葉を聞くまで12月31日にそんな名前があった事等忘れていた。知らなかった事にして今日をやり過ごせばよかった、そんな気持ちである。
この一年を振り返ってみれば、仕事を変え、とは言っても内容には変わりなく、知ったような態で毎日の仕事をこなしていた。
特に私生活にも変化は無く、土日に走りに出掛け、気が向けば映画館へ、自宅で読書を、という生活をしていた。夏が終わると左膝に痛みがあったので、ジムでエアロバイクに乗る事にしたのが12月の出来事。

映画で印象に残ったのは、「横道世之介」や「ゼロ・ダーク・サーティ」の結末部分だろうか。先の事など誰も判りはしないが、今している事がつながっていく、つながってしまう、という事態は、おそろしくもあり、たのしみでもあり。

読んだ本では、「海炭市叙景」、「映画を見に行く普通の男」、「女の子を殺さないために」が面白かった。そういえば村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は今年の物語だったのかとも思う。遥か昔の事のようだ。

どうやら今年の出来事として憶えているのは半年位前までであり、あとは思い返すより、思い出すのを待つしかないのだと思う。

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2013年の読んだ漫画メモ。

今年は読んでいた漫画が連載を終えた年だった。
GANTZ」、「おやすみプンプン」、「アフロ田中」。
特に「おやすみプンプン」の終盤は読みながら不安になるしかなかった。それに比べると「GANTZ」と「アフロ田中」は終わりに笑ったという点で素晴らしいのではないか。
現在連載を読んでいるのは「アイアムアヒーロー」、藤崎竜の新連載で派手に死体を晒している「かくりよものがたり」、「クリームソーダシティ」、「はじめの一歩」、モーニング連載中のものでは、「GIANT KILLING」、「バガボンド」、「グラゼニ」、「セケンノハテマデ」、「カバチ」だろうか。
また短期集中連載の三浦建太郎ギガントマキア」は面白く読んでいる。

  • あだち充「MIX」、なぜか購入して読み続けている。とりあえずあだち充を連載中に読むという取り組みにしておく。読んでいてどこか切ない。
  • 荒木飛呂彦ジョジョリオン」、物語は前作「スティール・ボール・ラン」と繋がりを見せ始め、非常に続刊が楽しみである。また今年は「岸辺露伴は動かない」の単行本が出た。これは非常に面白かった。
  • 勝田文「ジーヴス英国紳士録」、諸事情で「プリーズ、ジーヴス」から題名を変え、新刊が発売した。安定感の面白さである。この著者のゆる~い話も読みたいという思いはある。


誰も戦争を教えてくれなかった

古市憲寿著『誰も戦争を教えてくれなかった』を読んだ。
本書は著者が、主に第二次世界大戦、アジア・太平洋戦争を扱った各国の戦争博物館を巡り、その記憶を遺し方、その意味を検討したものである。各国の戦争博物館を巡る事によって現在に、第二次世界大戦、アジア・太平洋戦争をどのように伝えようとしているのかが判るという訳だ。
その為、本書は戦争博物館を巡る「ダークツーリズム」にもなっている。

本書に結論のようなものは無いが、第二次世界大戦、アジア・太平洋戦争が伝える戦争と、例えばサイバー戦争、民間軍事会社、無人機やロボットが戦争に参加するようになった現在の戦争を比較した内容は興味深い。つまり、過去の戦争を伝えるものの、それは現在の戦争とギャップがあるだろうというのである。これは重要な指摘であり、戦争観そのものの更新が現在に必要である事が判る。そして最終章に描かれる何十年後かの日本と各国の戦争、紛争を描いた様子は、第三次世界大戦を想像するよりよほど生々しい。
また靖国神社の遊就館、沖縄県平和祈念資料館等の政治的な主義主張が違うであろう建物の設計が乃村工藝社なる会社によるものである事も驚かされる*1。戦争博物館の歴史には一つの系譜があるのである。

誰も戦争を教えてくれなかった

誰も戦争を教えてくれなかった

さて、本書の影響と言う訳では無いが、私は8月5日に靖国神社と遊就館を尋ねた。理由は安易なもので「風立ちぬ」を観た後、遊就館に設置されていると聞いた零戦を観たくなったというだけである。また政治問題にされる靖国神社、遊就館の展示には興味があったのだが、なかなか尋ねるタイミングを逸していたという事もある。
8月5日に尋ねたので、どこかに街宣車が集まっていたり、境内前でそれらしい人がいるのかと思ったがそういう事も無かった*2。敷地内では学生がビデオ撮影をしていたり、参拝客がいるだけだった。靖国神社自体の雰囲気としてはよく整備された場、人工的な、どちらかと言えば歴史が浅い場所なのかなという印象である*3
遊就館では無料で零戦を観る事が出来た。800円を払えば遊就館を見学出来る*4。写真を取る事は禁止されていたので無い。
実際に見学して思った事は確かに戦争を否定もしていないが、どちらかと言えば客観的な展示に終始しているという事だ。戦争の戦果を謳った展示はあるのだが、結局のところ日本は敗戦を迎えると思えば、そういった展示には空しさを感じたのが正直なところである。また戦死を玉砕と記載していたが、果たして小学生等に玉砕という言葉が伝わるのだろうかと頭を傾げた。
月曜日の昼間という事もあり客層は小さな子供連れの人が多かった。飾られた刀などを観て子どもに「こわいね」と語り、太平洋上の海軍の進路を展示した場所では父親が息子に「調子にのったから負けたんだ」等を談義している。特攻隊員の遺書が展示された場所では母親が「これは遺書と言ってね」と語ろうとするも娘の目は新たなガラスケースに向けられている。私は私で女性の遺影に驚いていたのだが、なるほど軍隊には女性もいたのだなと一人納得し、あくまでこの場が軍属、招集された兵が祀られている場所だと再確認する事になった。

遊就館を出た後、目白通りを散歩がてら歩いていたのだが、偶然、東京大神宮なる神社を見つけ涼みに入った*5。後に知ったのだがこの場所は結婚式も出来、縁結びの場所、パワースポットとして有名だったらしい。平日だというのに年頃の女性がひっきりなしに参拝をしていた。一応、靖国神社で参拝した手前、一日に何度も参拝するのもどうかと思い、日陰でスチームに当たりながら女性を眺めていたのだが、靖国神社で得た空しさやらはどこかに行ってしまっていた。

*1:本書を読まなくても読んだフリが出来るフレーズの一例に著者が挙げている。

*2:8月15日は平日だった為、靖国通り沿いにある仕事場から街宣車から流れる音楽が聴こえたり。朝から車両を誘導するため集合した警官は見掛けた。

*3:それでも明治以降の場なのだろうが。

*4:遊就館内に設置された零戦は「風立ちぬ」の通り、三菱と記載があり、なるほどと思った。売店では堀越二郎に関する書籍が目立つ位置に設置されており、商魂たくましいと思った。

*5:東京大神宮。伊勢神宮の分社らしい。明治より建立されたものだとか。

光るふともも

そういえば光る太ももの話をご存じですか?私は偶然にも見たことがあります。
あれは二、三年位前の事でした。
私は同期の社員と一緒に神奈川県のある道路を計測する仕事をしていました。
夏の日の事でしたから、ワイシャツに汗が染み、転がすコロは原人の通貨のように重く、メジャーは錨の如く、私を路上に停留させました。
やっと計測を終え、私たちは次の目的へ向かいました。
車の中に夏の陽射しが差し込み、私と同期は顔を歪めながら目的地を目指しました。
ナビの案内に従い、私たちは住宅街に入りました。
しかし目的地近くになるとナビは案内を辞めてしまいます。
目的地は整形外科でしたが、住宅街にある小さな病院だった為、見つけ出す事がなかなか出来ませんでした。
私たちは外の暑さを思い、車から降りて目的地を探す事を嫌がりました。
何度も同じところを車で通りながら、私たちの苛立ちは、車の中を満たし、肩に重くのしかかりました。
そして午後の陽光が目と肌を刺しました。
そんな時だったのです、私たちの目の前に黄金の海原、頭を垂らした小麦、眩く優しい光が包んだのは!
それはどうやって現れたのか?
驚くなかれ原付に乗って現れました。
頭(こうべ)には春の桜の如くピンクのおしゃれヘルメット、眼差しは丑三つ時かの如くサングラス、御身は柔らかなシルクに包まれ陽光を反射していました。
しかしその太ももは、青き衣(ショートジーンズ)から生まれ、そして生まれたまま白く、そして午後二時の夏の陽射しをその一身(とは言っても太ももですが)に受け、周囲を光で満たしました。
私たちは息を呑み、その光に包まれ、英雄たちが日夜饗宴を行うというヴェルハラの館の門を叩いたのです。
世紀の英雄たちとの祝杯に酔い、その館を出た私たちを迎えたのは、フロントガラス越しに目と肌を刺す陽光、皮膚を乾燥させんとばかりに唸るエアコンの冷風でした。
原付に乗った女性は私たちの視界の先を颯爽と走って行きました。
私は同僚に尋ねました。
「見ましたか?」
「ああ」
「輝いていましたよね」
「ああ」
「尋常じゃなく」
「ああ、尋常じゃなく…」
私たちは口を噤み、車内に沈黙の帳が降りたのでした。


Twitterより加筆訂正して転載。

港湾の光景

実家から帰り、転職サイトやハローワークであらかじめ目星をつけていた会社に履歴書を送った。
翌週には連絡があり、面接に向かう事になった。
横浜まで赴き、面接をした。面接を待つ間、会議室の窓から広がる東京湾の眺めがなかなか良かった。
帰りがてら港方面に向けてカメラを向けて撮影する。海に続く河川敷沿いに並んだベンチでは老人が日向ぼっこをしている。その周りは鳩がうろついている。駅前ではサーカス団が公演しており、テントに向かって長い列が出来ていた。
終わった面接について考えるが、ああいう感じにしかならなかったのだと諦念のような納得を独りする。
電車に乗れば、中年の男性が通勤バッグを膝の上に乗せ缶ビールを飲んでいる。赤ら顔の男性は缶ビールを座席下の床に置くと鞄から文庫本を取り出して読み始める。
どういった仕事をしている人なのだろう。そう携帯端末に入力すると友人たちは「生活保護を受給しているのだろう」とすぐさま返事がつぶやかれる。
まさか、あの様子はきっと会社勤めだ、夜勤明けなのだろう。でも友人の言う通りなのかもしれない。
面接をした会社から採用の連絡が入った。何気なくポストを確認すると履歴書を送ったもう一社からの不採用の返事が届いていた。
とりあえずまた働く事が出来ると安心すると同時にもう次はないのだろうなとも思う。先の事は誰にも判らないのだろうと他人事のように思えば幾分か楽になれるのだけど、どうにもそういう言い方もよろしくないかなと思う程度に。

実家に帰る。

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実家を尋ねた。
実家に帰るといえば盆暮れ正月と決まっている。しかし正直特に用事が無ければ帰ろうとは思わない親不孝者だ。おそらく一年振り位ではなかろうか。そもそも父が早期退職後、勤務先を変え母と共に埼玉県のアパートで暮らしていたところを訪ねた事もあったので実家に帰るという事が重要では無いのだ。もちろん両親に会うのも一年振りなのだが。実家自体置いていた本や資料を取りに空き家に戻るという事はしていた。


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自宅アパートから3時間、千葉の片田舎に戻る。電車の中で年配のサラリーマンのいびき声を聴きながら携帯端末でTwitterを眺めたり入力したりしていた。


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駅に父の車で迎えに来て貰って自宅に向かう。父と話していると、実家のある住宅地では最近一人暮らしの老人が死んでいたという。
最初に話す話題がそんな事かと呆れているが、その程度しかおそらく話がないのだ、そして近所との繋がりも。


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自宅にあがると雑然と部屋に物が溢れていた。元々母が物を片付けるという事をしない人だ。以前より物が溢れているという事は無かったが、以前仕事で人の自宅にあがる事が多かった私は典型的な年寄の自宅だなと思った。


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色々と話しをしていると両親が会話のなかで「あれ」とか「それ」とか言い間違いが多い事に気が付く。
夕食を食べ終えた後、散歩に出る。空を仰ぐとオリオン座と北斗七星がはっきりと見える。東京よりは星がよく見えるなと思った。


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3日ほど実家で過ごしたが散歩とテレビを眺める生活に終始した。両親によれば姉たちも子どもや仕事の事で色々と大変なのだという。
平凡で安定した日常を手に入れるというのはそう簡単ではなく、誰もがやっと手に入れているのだという当たり前の事を思うのだった。


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