2022年4月の音楽

Robert Glasper『Black Radio III』


youtu.be
rollingstonejapan.com
「Black Superhero」において、ロバート=グラスパーが繰り返すピアノのフレーズの美しさに気が付いた。
Jazz The New Chapterを読んで約7年が経ち、ようやくロバート=グラスパーの魅力に気が付いたといったところだろうか?わざわざローリング・ストーンズ誌を購入して柳樂光隆のインタビューを読んだ。なお、このインタビューは上記の通り現在公開されている。読んだり聴いたりしたものが即座に効果を発揮する訳では無いのだと改めて思う。

Mary Lattimore『Collected Pieces: 2015-2020』


Mary Lattimore『Moon Over Deetjen's』


BLOAR『Another Candy Bar From G.I. Joe』


K. Freund『Hunter on the Wing』


Benedicte Maurseth『Hárr』


wzrdryAV『West Coast Systems』


wzrdryAV『West Coast Systems Vol 2』


Deaf Center『Pale Ravine』


Deaf Center『Neon City (Remaster)』


Taka Nawashiro『What We Do Now』


Taka Nawashiro『How We Travel Now』


Last Days『Sea』


Tharr『Soar』


Alvin Lucier『Vespers』


Green-House『Music for Living Spaces』


Hiroshi Yoshimura『GREEN』

2022年3月の音楽

Raum『Daughter』


GrouperはLiz HarrisとJefre Cantu-Ledesmaのユニットである。Twitterやbandcampから知った。どこかうら寂しさがある。展開も意図して突っかかることは無い。そういったところに心地良さがある。心地良さ…音楽を聴く時、ある種の快感や快適さを表現するために使用している。一方でそういったものとは異なる意外さや驚き、不快感も心地良さに繋がる場合がある。例えば繰り返されるフレーズのミニマルな要素には心地良さがある。では、そのミニマルなフレーズに変化が無いものかといえばそうではない。フレーズが繰り返されるなかで徐々に音の高低や追加等の変更が加えられている。また、フレーズが繰り返される経過の中で、例え同じで音であってもそのフレーズに見出す印象や意味は大きく変わるかもしれない。アンビエントやミニマルな音楽の面白さはこのようなところにあるのかもしれない。

Immortal Onion『Ocelot of Salvation』


ポーランドのピアノトリオ。ジャンルレスな印象を受ける。ピアノが早く鳴るという疾走感は音の数が短い時間に多く鳴るために発生していると思われる。長い音の残響ばかりを聴いていると、時間の意味の無い長さのようなものを認識することになる一方、ただのこの一瞬の中に生の意味が凝縮されることを思い出す。長い長い時間を比較すれば100年もただの一瞬でしかない。短い生をその一瞬に刻むという行為は儚くも尊くて意味の無いことなのか。

Motohiko Hamase『Reminiscence』


濱瀬元彦のセカンドアルバム。You Tube等で視聴していたがbandcampにあることを知り購入した。美しさにも種類があって、完成されたものがある一方で変化するものがある。何も付け加える必要が無いもの、そういった完璧さは人を厳かにさせる。厳かになった後、厳かになった自分の真剣さに何か可笑しさのようなものを感じることもある。真剣さや厳かさを最も重要であると人は感じるものだから、稚気や隙は無かったことになったのである。

Ayako KATO 『Improvisations for human and violin』


ライブ等に行かず、ただただイヤフォンやパソコンから音楽を聴いている時、人が肉体を使用して楽器を奏でていることを失念してしまう。イメージは都合の悪いことを捨象するかもしれない。だからこそ芸術は敢えて痛みや不快感から生の実感を喚起する。我々は生きているのに生きていることを忘れてしまう。おそらく生はそうでもしなければ端的に苛烈であり、投影して省みる必要があるものなのかもしれない。

2022年2月の音楽

James Blake『Overgrown』

Overgrown

Overgrown

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アンビエント的と言われているがそうでもない。1stAlbumと比較すると面白さに気が付けていない。

James Blake『Air & Lack Thereof / Sparing the Horses』


これくらい雑然としている方が今の自分には聞きやすい。

James Blake『Order / Pan』


同前。

Nala Sinephro『Space 1.8』


rollingstonejapan.com
mikiki.tokyo.jp
柳樂光隆の記事にて知り、聴いた後に細田成嗣と伏見瞬の解説を読んだ。私は完全にアンビエントとして聴いていた。

Sylvie Courvoisier & Mary Halvorson『Searching For The Disappeared Hour』


ギターとピアノが互いに離れて一致して融合していく快感がある。

Miho Hazama『Imaginary Visions』


端的にざっくりとしか聴けておらず、ざっくりとしか聴けなくなっている時、やはり自分はジャズが好きでは無いという疑いを抱くに至る。挾間美帆はジャズの深さと広さと懐の大きさをいつも教えてくれる。

Patrick Shiroishi『Hidemi』


ototoy.jp
柳樂光隆の記事にて知る。記事の通り、最後まで聴いて行くことで開放感のような感慨を抱くに至る。

ILL CONSIDERED『Liminal Space』


daily.bandcamp.com
上記の柳樂光隆の記事でも紹介されているが、当時は認識しておらず、bandcampの紹介記事で知った…が購入に至った経緯はアルバム名がLiminal Spaceであったから。名前負けしていない。
fnmnl.tv

Greg Spero『The Chicago Experiment』


daily.bandcamp.com
Jeff Parker参加が気になり聴く。気構えずに聴ける。

Ayako KATO『BAN』


free-impro.jp
https://twitter.com/HosodaNarushi/status/1495806927288377348


note.com
細田成嗣の短評がきっかけ。なお、昔は既に購入していたため1stAlbumであるBANを聴いた。

lazy magnet『Make It Fun Again』


bandcampを彷徨って聴くに至る。シンプルなピアノっぽい作品が聴きたい心境だったのだと思う。

Teddy Lasry『Funky Ghost 1975-1987』



今月のお気に入り。とてもよく聴いた。ジャンルレスに熱すぎず冷えすぎずで繰り返し聴くことになった。

2022年2月21日/経験を重視する立場に関して

自らの経験が重要であるという立場がある。しかしながら、身体が一つである以上、経験は非常に限られたものである。経験できる認識の主観は技術の進歩がしても現状一つしかなく、同じ時間軸上において並列に異なる経験をすることは、私が知る限り未だできていないはずである。

コロナウイルスの流行に伴い、医療的な知見に触れることが増える一方、いわゆるデマやフェイクニュースに触れることも増えた。これは東日本大震災の原発事故の影響が言及される際にも見受けられたものであり、既視感を憶えるものだった。

コロナウイルスの情報等をネット上で集めていたところ、ある国会議員の感染経緯を記したブログを読んだ。この国会議員は自らが感染した経緯から接触感染を疑い、飛沫感染だけでなく接触感染にも対策が必要との提案をしていた。

コロナウイルスの感染対策に関して比重が置かれていたのは「三密」に示されるように飛沫感染だった。一方、この国会議員の自らの感染経緯から接触感染に注意を払うべきだという提案をした。この国会議員の提案がその後に重視されたとは思えないものの、政策に関与する国会議員が自らの経験を重視することで、客観的な情報に基づいた政策が個人的な経験に基づいた政策にリソースを割かれる可能性があることを垣間見た。

こういったことに関して下記を読み色々と腑に落ちることがあった。なお、著作自体は読んでいない。
shobunsha.info

2022年1月の音楽

James Blake『James Blake』

James Blake

James Blake

  • ジェイムス・ブレイク
  • ダンス
  • ¥2241
youtu.be

James Blake『The Bells Sketch』


James Blake『CMYK』


James Blake『Klavierwerke』


James Blake『Love What Happened Here』


Jordan Rakei『What We Call Life』


Portico Quartet『Monument』


Jon Hopkins『Music For Psychedelic Therapy』


Esperanza Spalding『SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB』

SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB

SONGWRIGHTS APOTHECARY LAB

  • エスペランサ・スポルディング
  • ジャズ
  • ¥1935
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Yoichi Ichikawa『Sea Of Solaris』


Tord Gustavsen Trio『The Other Side』


けもの『美しい傷』

美しい傷 - EP

美しい傷 - EP

  • けもの
  • オルタナティブ
  • ¥1222
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ターンエーガンダム

ターンエーガンダムのTV版を観た。なお、以下の記事の通り、以前に映画版は観ている。
bullotus.hatenablog.com

また、TV版を鑑賞してオープニングに関する記事を書いた。
bullotus.hatenablog.com

映画版を観終えた時、月の民ムーンレイスであるロラン=セラックは物語を経て、ムーンレイスと地球人には大きく隔たりがあると考え、ディアナ=ソレルと共に過ごすことを選んだと思った。しかし、どうやらそれは大きな勘違いだったようだ。私は最後にディアナ=ソレルに従ったことを過大に評価したのだと思う。しかしながら結果だけでなくその過程が判り認識を改めた。ロランはムーンレイスであることを放棄せず、しかしながら地球とそこに住む人々を愛している。ディアナ=ソレルに畏敬の念を抱き、キエル=ハイムに憧れ、ソシエ=ハイムを愛する。それでも最後にはディアナ=ソレルとの生活を選ぶ。ソシエを見守りながら女性として意識したのはウィルゲムを追って海を渡った時であろうか。カプルとターンエーガンダムというモビルスーツ越しであるものの仲の睦まじさが表されていると思う。

登場人物たちが面白いように辻褄の合わない会話をしている。誰も誰かの質問に答えていないリアリズム。人間関係の進展も物語では直接描かれない。キエル=ハイムとハリー=オードの仲の進展には見逃した話数があるのではないかと思った。

ターンエーガンダムも見慣れるとその軽快さが非常に良い。至るところで見受けられるパイロットがコクピットから顔を出して自動走行する様は面白い。

菅野よう子の音楽が良くサウンドトラックを購入した。タイトルコールのSEであるLondon Bridge Falling downやアンビエント感のあるAir plantやボーキサイトが良い。

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『新機動戦記ガンダムW』『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz 特別篇』

『新機動戦記ガンダムW』『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz 特別篇』を観た。

残業中、ふとYou Tubeで『新機動戦記ガンダムW』の第一話が無料で観れることを知り、何となく視聴を開始したところ、夢中になって全話を観終えることになった。まずは第一話をご覧下さい。

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改めて観てもやはり圧倒的な密度と怒涛の展開である。第一話のこの圧倒的な熱量はダイナミクス(動力学)で説明することができるかもしれない。

ダイナミクスとは二つの相反する原理から物事を構想する考えである。具体的には、物体Aを押す時に働く力Bに対して物体Aから押し返される力Cが働くといった考えである。

第一話における二つの相反する原理はお察しの通りヒイロ=ユイとリリーナ=ドーリアンである。

ヒイロとリリーナの最初の出会いは互いに顔も知らない大気圏突入時となる。ヒイロはウイングガンダムで地球に降下する作戦「オペレーション・メテオ」のため、前方を飛行するリリーナが乗る民間シャトルを降下障害物として撃ち落とそうとする。しかしながら、作戦を事前に把握していた特務機関OZのゼクス=マーキスに補足される。ヒイロは大気圏突入用カプセルからウイングガンダムを展開、敵モビルスーツをバスターライフルで撃墜して高笑いをした後、ゼクスの善戦により無人のモビルスーツと共に海に沈む。
そもそもゼクスがヒイロを補足しなければリリーナはヒイロに撃ち落とされていたらしい。ヒイロは作戦のためであれば民間人にも容赦しないことが判る。一方、リリーナは撃ち落とされる可能性すら理解できていない様子である。その後に明らかになるがゼクスはリリーナの実兄となる。このパートはゼクスが良いところを全部持っていたと言えるだろう。ゼクスが良い仕事をした結果、ヒイロとリリーナの関係性が始まったとも言える。また、ヒイロとゼクスのライバル関係もここから始まる。ヒイロ、リリーナ、ゼクスの関係を暗に示しており全く無駄が無い。単純化したダイナミクスの理論ではやはり物語は追うことは難しいらしい。

リリーナが多忙な父親が誕生日会の準備ができない不満をひとりごちながら港を歩いていると砂浜に打ち上げられた宇宙服のヒイロを発見する。リリーナは救急車を呼ぶ。そして宇宙服が戦闘用であることに気が付く。リリーナはヘルメットを外して戦闘用の宇宙服を着たヒイロが子供であることに驚く。救急隊のサイレンで目を覚ましたヒイロは顔を手で隠してリリーナに「見たのか」と尋ね、困惑するリリーナを前にして宇宙服の自決装置を起動する。しかしながら自決装置は起動せず、ヒイロは到着した救急車を強奪してその場を去る。救急車を見送ったリリーナは「私はリリーナ=ドーリアン。あなたは?」と一芝居を打つ。
リリーナの一人芝居が光るパートであり、形式化された物語の第一話を暗に示しているのかもしれない。ヒイロも躊躇無く自決装置を起動させており、既に自決を前提に行動を開始していることが判る。ヒイロが蹴り飛ばした医師と救急隊はお気の毒としか言いようがないし、階段から蹴り落とされているので死んでいる可能性もある。なお、ヒイロが強奪した救急車はその後も登場する。

リリーナの学園生活が始まる*1。そこに急遽転校してきたヒイロはリリーナに連れない様子。リリーナは学園の取り巻きと共にヒイロの下へ訪れて誕生日会の招待状を渡す。しかし、ヒイロは招待状を破り捨てリリーナの涙を指で拭い「お前を殺す」と囁く。リリーナは「何なの、この人…」と呆然とするのだった。
リリーナと視聴者共々本当にヒイロは何なのと思うことだろう。聖ガブリエル学園の描写だけでお腹一杯のところ、ここからおかわりである。ヒイロはリリーナの声掛けにデレが無いツン振り。これに対してリリーナはいきなり誕生日会の招待状を渡し、ヒイロは招待状を破って捨てる。招待状を破るシーンの劇画調の演出が面白い。更に涙を指で拭って(デレ)、わざわざ殺害宣言をするヒイロ。学園生活は「お前を殺す」を言わせるためだけの設定なのかもしれない。

さて以上の通りダイナミクスの理論を念頭に第一話を確認した。結果としてはゼクスが退き、ヒイロとリリーナの対面以降であれば、ダイナミクスの理論が適用可能かと思われた。しかし、ヒイロとリリーナの出会いにゼクスが関与しているのはちょっとした発見であり、物語の隙の無さを知る思いである。

第2話ではヒイロが学園のモブキャラとフェンシングをするシーンがあるが、本作における対人戦闘は、ガンダムのパイロットであるチャン=ウーフェイと軍事秘密結社OZ総帥トレーズ=クシュリナーダ、ヒイロとロームフェラ財団の代表デルマイユ侯爵の孫娘であるドロシー=カタロニア、ガンダムのパイロットであるカトル=ラバーバ=ウィナーとドロシーでも披露される。

敵側は地球圏統一連合、地球圏統一連合の秘密結社OZ、秘密結社OZの後ろ盾であるロームフェラ財団と推移し、結構複雑である。

オープニングのタイトルが出る際の効果音、CMの出と入りの効果音が格好良い。

Endless Waltzにおいて、戦争が終結し、その後にモビルスーツは歴史に二度と姿を現すことが無かったと述べられる。ただし、舞台を火星に移した「新機動戦記ガンダムW Frozen Teardrop」という続編もある。なお、Endless WaltzのOVA版の最終話のタイトルは「return to forever」で同名にチック=コリアの有名なアルバムがある。

昔はベタにガンダムデスサイズのパイロットであるデュオ=マクスウェルに良い印象を抱いていたものの、ディオは割と使えないことが多く、今はトロワ=バートンが良いと思うようになった。

ヒイロ=ユイを演じる緑川光のタイトルコールがツボにハマり毎回笑っていた。

戦闘シーンに動きが無い気がしたものの、Endless Waltzではキビキビと動いていた。なお、オペレーション・メテオの詳細が明かされるのはEndless Waltzである。

年齢的にガンダムを認識したのは機動戦士Vガンダム、物語の内容を理解し始めたのは機動武闘伝Gガンダム~新機動戦記ガンダムWになる。更に私はコロコロでは無くボンボン派だったため、漫画でガンダムWを読んでいた。ときた洸一のガンダムWの四コマ漫画を楽しく読んでいた記憶がある。

以下、ガンダムWの関連記事である。
bullotus.hatenablog.com
bullotus.hatenablog.com

*1:リリーナが通う聖ガブリエル学園は犬夜叉の続編である半妖の夜叉姫にも登場する由緒正しい学園である。

2022年1月22日/まん防下の喫茶店

小さなジャズ喫茶で若い男女がマスクを外して語らう。熱いカフェオレ、白いレアチーズケーキ、ニーナ=シモンの熱唱が彼らの声を掻き消す。隣に座った男女は片づけられたテーブルの上でこれからの予定をスマートフォン頼りに決めている。ビル=エヴァンスにBGMが変わると場の雰囲気が少し変わる。隣に座った男女の予定はスマートフォン上で断たれてしまったらしい。男女は手持ち無沙汰にスマートフォンをテーブルの上で忙しなく触り続ける。オータムンリーヴスのベースソロが流れる。

ターンエーガンダムのオープニング

ターンエーガンダムの鑑賞を開始した。6話まで観終えたところで西城秀樹が歌う「ターンAターン」のフレーズが印象的なオープニングが特異であることに気が付いた。富野由悠季の作品を嗜んでいた友人が「作品の全てを盛り込んだオープニング」と言う趣旨の発言をしていたことをふと思い出した。

ホーミーとエフェクトの掛かった女性のコーラス。
月を背景に何かを掴もうとするかのような動きをするターンエーガンダム。
そして英語調のタイトルコール*1
「時が未来に進むと誰が決めたんだ」と印象的な歌詞と共に響く和太鼓*2
これまでのガンダム作品の画像が黒い太陽に回収され燃える。
ブリキの金魚を背景に髪なびく宇宙服のロラン=セラックのサーベルのような美しい影*3
ソシエ=ハイムを背景に宇宙服のロラン=セラックが普段着となり手を掲げる。
ビームライフルの準備をするターンエーガンダム。
ローラ=ローラを背景に手を掲げるハリー=オード、ロラン=セラックを背景に手を掲げるキエル=ハイム*4、ディアナ=ソレル*5を背景に手を掲げるグエン=サード=ラインフォード。
腕をしならせてビームライフルを構えるターンエーガンダム。
ロラン=セラックが見上げる巨大なディアナ=ソレルがターンエーガンダムへ入れ替わる*6
複数のディアナ=ソレルとキエル=ハイムを背景に泳ぐロラン=セラック*7
唸るギターと掠れた尺八。
ビームサーベルを振り加速するターンエーガンダム。
混沌とした美がここにある。

youtu.be

*1:タイトルコールは珍しい気がするのだが、当時はそうでも無かったのだろうか?

*2:最初は「時が南に進むと誰が決めたんだ?」と聞こえたため、詩的ではあるが時は南に進まないぞ等と思った。

*3:この作品は序盤においてロランを中性的に描く一方、彼が男性であることを伝えようとしてロランが男性器を持つことを強調する。

*4:ディアナ=ソレル?

*5:キエル=ハイム?

*6:この意図は不明であるが全てを観終えた時に演出の意図を掴むことができるのだろうかと思ったが観終えた後もよく判らなかった。

*7:手塚治虫の作品における女性キャラに溺れる男性の精神状態を表す演出を連想する。

2022年1月3日/年末年始

1月2日にランニングをしていたところ、商店街で前方を歩く高齢の女性が転倒した。後方から確認する限り、膝が余り上がっていなかったように思う。おそらく頭部受傷は無く、特に問題は無いように思われた。なお、最悪の場合を想定するのではあれば脳内出血を考慮した頭部受傷の確認、骨折の可能性を考慮した体表や可動時の痛みの有無を確認をする必要があるだろう。

最終的に年末年始の休暇中は毎日ランニングをすることができた。しかしながら体重に大きな変化は無い。

ランニング中、ambieのワイヤレスイヤフォンを使用しており、すこぶる快適である。やはり音楽無く走るのは退屈である。

新機動戦記ガンダムWを観た後、続編であるエンドレスワルツを観た。エンドレスワルツのモビルスーツがTVシリーズと比較してよく動くことに感動した。これからもガンダムシリーズの鑑賞は続く予定となる。

結局、休日の最後に昨年にやり残していた仕事をする。年末に無理して仕事をしていなければとっくに終わっていた仕事である。

今回、久方振りにブログ等を適当に書き散らして非常に楽しかった。余暇に回す時間が増えれば仕事に集中できるような気がする。今後は余暇の時間を作ることに専念したい。

2022年1月2日/ジョジョ第4部とガンダムWの共通点

『ジョジョの奇妙な冒険 第8部 ジョジョリオン』を読み終えた後、同じく杜王町を舞台とする『ジョジョの奇妙な冒険 第4部 ダイヤモンドは砕けない』(以下、第4部と記す)を読んだ。また『新機動戦記ガンダムW』(以下、ガンダムWと記す)のTVシリーズの鑑賞を開始した。その結果、第4部とガンダムWにある共通点を見つけた。それは互いに1995年の作品であるということ、そしてどうでも良いけど強調したいところになるのだが「犬を脚で扱うこと」である。

第4部の発表は1992~1995年となり、作品の時代設定は1999年の夏となっている。物語の語り部が主人公ではなく本作で重要な役割を果たす広瀬康一である。

ガンダムWの発表は1995~1996年となり、作品の時代設定はアフターコロニー(A.C)195年となる。ガンダムWは今のところ46話まで観たところだが1年の間に色々と起こり過ぎていて世界経済等がどのようになっていたのか気になるところである。おそらく195年というのも1995年を意識しているのではないだろうか。

さて、本題である両作品が「犬を脚で扱うこと」に関して述べる。なお、犬を脚で扱うといっても動物虐待等を訴えたい訳では無いことを前置きしておく。

第4部で犬を脚で扱うシーンは広瀬康一が小林玉美と戦いを繰り広げる「広瀬康一(エコーズ)その3」で確認できる。広瀬康一は帰宅すると自宅の玄関で寝ている飼犬で老犬のボリスを「帰ったぞボリス」「おい生きてるか?オンオン」と声掛けしつつボス!という効果音と共に脚で扱う。

ガンダムWで犬を足で扱うシーンはヒロインのリリーナ=ドーリアン(ピースクラフト)がサファリルックで動物等と戯れるエンディングとなる。ここでリリーナは靴を脱いだ脚で大型犬の愛犬の腹をマッサージしている。広瀬康一が靴を脱いでいないためリリーナの優しさがより際立つ。なお、ガンダムWをリアルタイムで観ていた時も改めて観た時もこのエンディングは微妙だと思っていたのだが今に至ってはリリーナの魅力が詰まったエンディングだと思うようになった。エンディングがシリーズ中に一切変わらないのは珍しいらしい。

さて、ここで両作品が犬を脚で扱うことをここに指摘したものの、同時代に共通点を持つ描写があったとしても、そこに必ずしも普遍的な意味を見出すことができるとは限らない。それでも面白いなと思ったので指摘せずにいられなかった次第である。

広瀬康一がボリスを脚で扱うシーンは上記に収録されている。


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無料公開されているガンダムW。23:01~にリリーナが愛犬を脚で扱う。

James Blake『James Blake』

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年末年始の記事を閲覧しており、上記記事からJames Blakeに興味を持ち、James Blakeの1st Album『James Blake』を聴いている。解体・分散された印象を受けるメロディとリズムにより、凝り固まった精神状態も解体・開放される心地良さがある。今後は初期のEPとJordan Rakeiの新譜を聴こうと思う。今年は割とヴォーカルものを聴くことになるかもしれない。

James Blake

James Blake

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2022年1月1日/卵黄入りかまぼこ

よく利用している喫茶店の年内営業日を知り、翌日の仕事の準備を終えた後に寄った。先客は二組いた。コロナ禍の影響は小さくなっているかもしれない。店主に「クリスマスにも仕事をするのか」と驚かれたものの、今日がクリスマスであることは全く意識していなかった。言われてみれば先客の内の一組は若い男女である。しかしながら、よくよく考えてみると喫茶店自体がクリスマスに営業していた。詳細は忘れたがケニアのコーヒを飲んだ。また、店内で販売されていたカンパニー社の新刊と既刊を購入した。

勤務先で仕事を納めた後、帰宅途中に本屋に寄り、その後はランニングとスーパーへの買い出し、室内の掃除をして大晦日を迎えた。在宅ワークが可能になったものの、デスクの一部に本を置いていたため使えるスペースが無く、卓袱台を使用して仕事をしていた。しかしながら、卓袱台で仕事をしていると横になりたい欲求に勝てない。そのため、デスクと本棚の整理をした。これでようやく自宅で仕事ができる環境が整った。もちろん、仕事をやる気になるかは話が別だ。

年末年始らしいことをしようと思い年越し蕎麦と天ぷら、伊達巻を購入した。年越し蕎麦は大した量にならないだろうと二人分を作った結果、結構な量となってしまった。しかし、いざ食べ終えると年をまたぐ時間に小腹が空いてきた。仕事を納めた後、食事量が減っていたものの、食べれば食欲のスイッチは入るものらしい。

元日の朝に購入した伊達巻を食べたところ、思いの外、かまぼこであった。そもそも伊達巻とは何であるか?Wikipediaによれば卵黄入りのかまぼこらしい。調理サイト等をみるとはんぺんを材料にしている。どうやら購入したメーカーの特徴だったようだ。

軽い朝食を摂った後、ランニングをした。近隣の寺の前を通ったところ、多くの参拝客がいた。2021年12月31日の東京都のコロナウイルスの感染発生者数は78名となり増加傾向にある。果たして2022年のコロナウイルスの影響はどのようなものになるのだろうか?

先月、たまたま仕事中にYou Tubeで「新機動戦記ガンダムW」を観た。序盤はダイナミックな展開となり、主人公であるヒイロ=ユイは敵を殲滅して高笑いをした上、顔を見られたヒロインであるリリーナ=ドーリアンの学校に入学、リリーナが手渡した誕生日会の招待状を破って捨て(リリーナもリリーナでいきなり誕生日会に招待するんだと思った)、リリーナの涙を拭って「お前を殺す」と呟く。ハチャメチャな展開だと思ったのだが、こうやって書くと理屈が合っているため何も問題が無いように感じるから不思議である。

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2021年12月31日/鼻のかみ方

今年の6月からダイエットを目的として休日にランニングを開始した。ランニングは事故等を考えるとランニングコースの方が安全ではあるものの、位置情報ゲームの攻略も兼ねているため街にも出ている。巷で噂のゲーミフィケーションという訳である。何より同じ場所を何度も走ると飽きてしまう。最近、ランニング中に鼻をタオルでかんでいたところ、私の姿を見た女児が「タオルで鼻をかんでも良いの?」と母親に尋ねていた。私も普段はティッシュペーパーを使用して鼻をかむ。しかしながらランニング中に鼻をかめば汗に濡れたティッシュペーパーが千切れて鼻をかむことはできない。そのためタオルで鼻をかんでいる。左手のポケットは鼻をかむためのタオル、右手のポケットには汗を拭くためのタオルを入れ、使い分けている。また、鼻をかんだタオルの鼻水が付いている部分はきちんと裏側になるように畳み左手のポケットに入れている。加えて、帰宅した際は鼻をかんだタオルを浴室ですすいで洗濯機で洗う念の入れようである。手鼻よりマシだと思っているのだが、たぶん女児は手鼻すら知らないだろう。手鼻を私がしっかりと目撃したのはサッカー日本代表の試合である。日本代表の選手が流れる汗と共に颯爽と手鼻をしていた姿は忘れられない。今思い出しても見事な手鼻であったと思う。鼻をかむを英語にすると「Blow your nose」と何となくJ-POPっぽく「Blow your nose~愛について~」という歌を作ることにした。

Blow your nose ~愛について~
作詞 Mr.Flower


ねぇ 気が付いたら 君への想いがあふれてる
口呼吸かな 緊張かな のどがカラカラ
それはきっと 君が大事な人だから


声がつまる 鼻もつまる だから鼻声
君を前に高まる気持ち これは恋


Blow your nose
垂れていた 
Blow your nose
流れていた


やっぱり 気が付いたら 君への想いが膨れ上がった
季節は巡る 垂れる鼻汁 やってきた春
だからきっと 運命の人になる


息ができない 頭が重い これは何?
手放せない 込めた思い これは愛


Blow your nose
鼻をすすぐ
Blow your nose
想いを注ぐ


Blow your nose
鼻翼を閉じる
Blow your nose
優しく包む

出来には全く納得していない。


会社からの帰宅途中に書店に寄って所持していないスタニスワフ=レフの本を全て購入した。その前にレムが特集されていたSFマガジンを購入している。未だにレムの短編は読んでいないものの、全ページを読むつもりで眺めており、続編が連載されていることも知らなかった神林長平の雪風はかなり面白かった。飛浩隆の空の円丁は廃園の天使シリーズを読み直して設定を理解する必要があった。木澤佐登志の論考はアフロフューチャリズム等に言及していてかなり面白かった。大野典宏や香山リカのコラムがあることも全く知らなかった。やはり雑誌というのは面白いと思う。


年末の宝くじは当たらなかった。