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2014年12月26日

目の前に座った男性の先の尖った革靴を眺めている。

小学校の体育館で大勢の人が集まり何かが催されている。誘う人々を拒否して体育館を出ると病院のベッドの上で目を覚ます。国際連合に所属しているという眼鏡を掛けた痩せた男が部屋にいそいそと入って来るなり錐で毛布の上から俺を刺した。力一杯錐を突き立てる男を見ながら俺が死んだか確認するだろうかと考える。男はいそいそ部屋を出る。厚手の毛布は錐を通さない。男の中途半端な仕事に俺は安堵する。病室のバルコニーに出ると雑然とした街並みが広がる。

背の低いアパートに何処から陽が射すのか、反射しているの?反射板を周囲に探すも見つからない。

綺麗な顔をした男性が空き始めた電車の中でコーヒーをストローで吸う。

美しい女性の美しい髪の美しい淡さに俯く。

人がもし飛べたなら飛び降り自殺が減るだろう。

猫が陽だまりのなか暖まっている。猫でさえ一人でいる事が出来るのだ

理屈と感情は異なるのだ。例えば長期的に見て不利益を被る事が短期的にみれば問題にならない時おだやかでいられるように。

荷台に大きな門松を乗せたトラックが路地を抜ける。

むしゃくしゃして髪を切る。ほぼ坊主。「短めに」と頼むより、こちらの方が潔く切ってくれる。

ラーメン屋に入る。扉を閉めようとして俺に気がついたイタリア人が流暢な日本語で「ごめんなさい」という。中盛キャベツ増し。換気扇の近くに座って寒い。今年最後の食べ納め、運ばれて来たラーメンをすすりながら、この寒さは客の回転率を上げる為の環境型権力的な手段なのではと考える。

自宅に戻りほぼ坊主の頭を見て思わず吹き出す。何事も勢いでやると後悔するものである。

今思えば痩せた眼鏡の男とは俺自身では無いか?自身に錐の形をしたペニスを突き立てる自慰だったと解釈すれば、なるほど、納得がいく。そしてこの日記を読み直す時、全てが性的な隠喩なのでは無いかと思えてくる。