ストーカー

アルカジイ&ボリス=ストルガツキー深見弾訳『ストーカー』を読んだ。

「この時間だと〈ボルジチ〉には客がいない。アーネストがカウンターの向こう側でグラスを磨いてはそれを明かりで透して仕上がり具合を調べている。ところで、これにはいつも呆れ返っているんだが、ここのバーテンたちはいつ来てもきまってグラスを磨いている―まるで、そうすることで魂が救われるとでも思っているみたいだ。そら、ああやって丸一日でも立っているに違いないーグラスを手にとり、目を細めて明りに透して見る、息を吐きかける、さあ、磨くぞ。磨いて磨いて磨きぬき、もう一度明りに透す、ただし今度は底からだ。そしてまた磨く……」
アルカジイ&ボリス=ストルガツキー深見弾訳『ストーカー』より。

本書はアンドレイ=タルコフスキー監督作品「ストーカー」の原作及びウクライナ製のPCゲーム『S.T.A.L.K.E.R』シリーズによって多くの人に知られている。原題は「路端のピクニック」だが、タルコフスキーの映画によって「ストーカー」という名称が親しまれた為、この邦題になったという*1。映画を観て以降、原作を読みたくて仕方無かったのだが既に品切れ、古本屋で買うか図書館で取り寄せるしか無く、そこまでする気力は無いと諦めていた。しかし深見弾の弟子である翻訳家大野典宏Twitterで重版をアナウンスしているのを見掛けた。僥倖とはこういう事を言うのだろう。その為、本書には特別な愛着がある。

地球とはくちょう座α星デネブを結ぶ線上。そこからピストルを撃ち込まれるかのように地球各所に未知が来訪した。しかし未知は地球人と接触する事無くその場を去り、後に残されたのは未知が現れた場所―六ケ所のゾーンだった。ゾーンには地球の常識や物理法則が通用しない。人類はゾーンの管理研究を進めるなか、未知の遺物を求め命掛けでゾーンに侵入する者たち、通称ストーカーが現れた。本書はストーカーの一人である「赤毛〈レッド〉」のレドリック=シュタルトを主人公にした連作集となる。
本書はストーカー同士の駆け引き等が描かれ、ハードボイルド的な味わいである。一方、映画と同じように「全ての願いが叶う遺物」が登場する。それを前にしたストーカーたちは、全ての人類の幸福という単純な絵空事を見出す。この絵空事しか見出だせないという事態こそ、人間の苦しさなのでは無いかと苦々しい気持ちになる。

本書を読んだ後、アルカジイ&ボリス=ストルガツキーが本書を映画脚本用に執筆した『願望機』を読んだ。

ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)

*1:翻訳者あとがきより。尚、本作を理解する上で深見弾は「路傍のキャンプ」の方が判りやすいと述べている。