蟻塚の中のかぶと虫

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、深見弾訳『蟻塚の中のかぶと虫』を読んだ。

マクシム=カンメラーが活躍する三部作の第二作目であり、異文明接触委員会が登場するNoon Universe〈未来年代記〉シリーズの一つでもある事は『収容所惑星』でも触れた通りである。本書では『地獄から来た青年』で登場した惑星ギガンダとその進歩官〈プログレッサー〉コルネイが重要な脇役として登場する。

  • コムコン-2異常事件部に所属するマクシム=カンメラーは上司である閣下ことルドルフ=シコルスキーから極秘裡に人捜しをするよう指示される。対象は惑星サラクシから地球に転属途中に姿を消した進歩官〈プログレッサー〉レフ=アバルキンだった。しかし渡された古臭い書類綴りには、失踪する理由も、そもそも手掛かりがあるようにも思われなかった。
  • コムコンとは異文明接触委員会ないし監視委員会を指し、コムコン-1には進歩官〈プログレッサー〉が所属する部署があり、コムコン-2には異常事件部こと通称異事部等の部署がある模様。マクシム=カンメラーは前巻『収容所惑星』の後、惑星サラクシで進歩官〈プログレッサー〉もどきとして働き、本書では異常事件部に所属している。続刊『波が風を消す』では異常事件部で働いた後、余生を送ったようである。尚、進歩官〈プログレッサー〉について、発展途上の惑星での情報収集等をしていると触れてきたが、本シリーズには「実験歴史学」なる学問分野があり、高度な理論を基に異文明に干渉しているようだ。特にそういった説明があるのが「神さまはつらい」である。
  • 物語はマクシムの関係者への調査と書類綴に収められた報告書―レフ=アバルキンが惑星〈希望〉でビッグ・ヘッド人であるシチュクンと共同で参加した〈死せる世界〉作戦が交互に語られる。
  • レフ=アバルキンがビッグ・ヘッド人シチュクンと共同で参加した惑星〈希望〉は地球文明より高度な文明を持つ通称〈遍歴者〉が関与した星と知られている。テクノロジーのコントロールが出来ず破滅を辿ろうとする星に〈遍歴者〉が積極的に関わり原住民を宇宙空間トンネルを使い救い出した痕跡があった。しかし原住民の行方は知られず、あくまで〈遍歴者〉は惑星の生態系を守る為に原住民は排除しただけだと考える者もいた。レフ=アバルキンは当時非ヒューマノイドのビッグ・ヘッド人と共同で作戦に従事した唯一人の進歩官〈プログレッサー〉だった。本書は基本的にミステリーだが、レフ=アバルキンとビッグ・ヘッド人シチュクンの惑星〈希望〉の探索が冒険譚となっており、二人の奇妙な掛け合いが面白い。
  • 〈遍歴者〉に対し地球文明は調査をしているものの、非ヒューマノイドらしい事や名前の由来となる一つの場所に留まらない性質を持つ事しか判っていない。地球文明は、自らが発展途上の惑星に進歩官〈プログレッサー〉を送り密かに関与しているように、地球文明もまた〈遍歴者〉の進歩官〈プログレッサー〉によって影響を受けているのだと考えており、本書及び続刊のテーマとなっている。
  • マクシムはレフ=アバルキンに関わりを持った教師、主治医、元恋人、ビッグ・ヘッド人に調査を進める。動物心理学者として才覚がありながら、何故か進歩官〈プログレッサー〉として職業が方向付けられ、また進歩官〈プログレッサー〉としてビッグ・ヘッド人との協同を多く提案し認められるものの、何故かその任務からは外されていた。
  • レフ=アバルキンの元恋人であるマイヤ=グルーモワはマクシムとの面談に激しく取り乱してしまう。どうやらレフ=アバルキンは彼女の許を訪れたらしい。しかしシコルスキーは彼女が地球外博物館に勤めている事に注視する。
  • レフ=アバルキンの元恋人であるマイヤ=グルーモワは次巻『波が風を消す』準主人公ともいえるトイヴォ=グルーモワの母親であり、トイヴォも幼い息子として登場する。
  • マクシム、シコルスキーはレフ=アバルキンから連絡が入る一方、マクシムもまたレフ=アバルキンの足跡を辿る事に成功していた。レフ=アバルキンが何を目的に行動しているのか判らなかったものの、元恋人とは過去について語り合い、元同僚のビッグ・ヘッド人には他の地球人と自分に違いがあるのか尋ねていた。
  • シコルスキーと共に地球外博物館に侵入するマクシム。シコルスキーはレフ=アバルキンが現れるのだと確信していたが、マクシムにはその理由が判らなかった。レフ=アバルキンとマイヤ=グルーモワの間で博物館は話題にさえなっていないからだった。
  • 二人の前に姿を表したのは、科学者であり科学に無限の発展を認める自由主義者のアイザック=ブロンベルグだった。シコルスキーとアイザックは過去の因縁をぶつけ合い始める。コムコンこと異文明接触委員会にとって自由主義者である科学者は有用な顧客だったが、秘密主義でもある異文明接触委員会は自由主義者最左翼のブロンベルグと仲違いしていたのだ。
  • ブロンベルグの元にある若い男が尋ねて来た。男は両親の失踪と自身の出生について調べていた。男の出生時に発生した科学史上の事故を調べていると石棺に関する話題が含まれており、男の右肘に見覚えのある変わった痣がある事を発見したのだ。
  • ある惑星で〈遍歴者〉が残した建築物が発見される。その建築物は現在も稼働中だった。その地下には石棺と呼ばれる装置があった。石棺は四万年以上前につくられたものだったが、その中には十三個のホモ・サピエンスの受精卵が保管されていた。世界評議会がこの発見の在り方を検討しようするなか、受精卵は活動を開始してしまう。破壊するのか、人類として受け入れるのか、〈遍歴者〉の意図に乗るのか、議論が繰り返された。最終的に十三個の受精卵は成長を見守られる事となる。コムコンの責任者であったシコルスキーは十三個の受精卵について、発見そのものを封印し、彼らをバラバラに育て、出生を秘密にし、地球への影響を避けるため成長後は地球外の任務を与える事を決めた。
  • レフ=アバルキンの肘に痣がある事が主治医から報告される一方、地球外博物館に収められ、法律上移動させる事が不可能になった石棺=培養器・孵化器を調査の為に分解したところ、ケースがありその中には印が付いた金属板が収められていた。印はレフ=アバルキンの痣と一致しており、十三人の子どもたちそれぞれに発現した痣と一致していた。金属板の一つを分解し再生を試みたところ、遍歴者の物質である為に叶わず、同時刻にその金属板の印を持つ人物が雪崩で死に、周りの人々も怪我を負う事になった。実験と事故に関連性があるか判らなかったものの、実験は中止され、金属板は痣を持つ者にとって雷管=起爆装置と信じられるようになる。
  • 現在、惑星ギガンダの進歩官〈プログレッサー〉であるコルネイ=ヤシマアは十三個の受精卵が成長した者の一人だった。ある心理学者グループは世界評議会から許可を取り付け、シコルスキーが設けた決まりを破り、彼に出生の秘密を明かしている。非凡な精神力を持ったコルネイはこれに動じる事無く、自らに潜在的危険がある事を認め、あらゆる事に協力する事を請け合う。更にコルネイは進歩官〈プログレッサー〉として惑星ギガンダに配属される際、既に公爵の主猟官として侵入していたレフ=アバルキンと接触しているものの、何も起きていない。
  • 更に心理学者グループがもう一人に出生の秘密を明かすものの、その後自殺の可能性も排除出来ない死に方をしてしまう。その死後、金属板から印は消える事象が確認される。金属板の印と痣を持つ人物には関連性が認められる事は誰も疑わなかった。
  • シコルスキーはレフ=アバルキンに〈遍歴者〉のプログラムが発動し、元恋人が勤める地球外博物館に収められた雷管=起爆装置に引き寄せられているのだと考えを示す。
  • シコルスキーとマクシムの前にレフ=アバルキンが現れる。既にブロンベルグから出生の秘密を知ったレフ=アバルキンはこれからは自分の好きなように生きると話すのだった。
  • マクシムはシコルスキーの考えに疑問を呈し、地球外博物館を訪れたレフ=アバルキンに逃げるよう説得するものの、レフ=アバルキンはシコルスキーが待ち受ける雷管の元へ向かう。
  • 銃声が聞こえマクシムが駆けつけるとシコルスキーによって撃たれたレフ=アバルキンが倒れていた。彼は手の先にある金属板に手を伸ばそうとしていた。元恋人から知った童歌を口から漏らしながら………。

ここまで読んで高度な文明が発展途上の文明にちょっかいを出す気持ち悪さ、しかも御大層に「実験歴史学」なるものまで用意している醜悪さが理解出来てきた。実験する為に歴史に関わってほしくない。本書の題名は、かぶと虫が蟻塚に侵入し慌てる蟻を眺めている様を〈遍歴者〉と人類にあてがった比喩である。マクシム=カンメラー三部作の中ではこの作品が一番好みだった。

私は古本屋で『収容所惑星』、『蟻塚の中のかぶと虫』、『波は風を消す』の文庫版セットを購入して読んだ。