ルーヂン/(一)内容

(一)内容

アレクサンドラがセミョーノフカ村のマトリョーナを見舞う。
帰り道、アレクサンドラがレジネフに出会う。
レジネフが去るとアレクサンドラの弟ヴォルィンツェフとコンスタンチンに出会い、コンスタンチンからダーリヤ邸への招待を受ける。
コンスタンチンはアレクサンドラを邸へ送り届け、村娘にちょっかいを出しているとダーリヤの息子ワーニャとペーチャ、彼らの家庭教師バシーストフと出会う。

アレクサンドラとマトリョーナのやり取り。

―気分はどうだい、マトリョーナ?―と彼女は寝煖炉の上に屈みこんで訊ねた。
―おお!―老婆はアレクサンドラを見つめて唸った。―駄目だ、駄目だ、奥様!お迎えの時がまいりましただ!
―神さまはお慈悲ぶかいよ、マトリョーナ、よくなるともさ。あたしのよこした薬はお服みかえ?

老婆はわすかに首をもたげ、アレクサンドラの方へ体を伸ばすようにして、―奥さま、お手を頂かせて、―と廻らぬ舌で言った。
アレクサンドラは手は与えずに、代わりに屈みこんで相手の額に接吻してやった。

アレクサンドラとレジネフのやり取り。

―いや、それなら結構ですがね、―とミハイロはまだ馬車から降りずに言葉だけで応酬して、―なにしろあの女は自分でも自分の言葉をろくに信用していないのですからね。が、ともかくお目にかかれて大いに愉快ですな。
―どうしてですの?
―これはご挨拶ですな!お目にかかって愉快でない時もあるみたいじゃありませんか!今日はまたいやにみずみずしくお美しいですな、まるでこの朝のようにね。
アレクサンドラはまたしても笑い出した。
―なにがおかしいのです?
―なにがですって?ご自分のお顔をごらんになれないのが残念ですわね、そんな浮かない、冷たい顔つきでよくもそんなお世辞がおっしゃれたものね!おしまいに欠伸がおでにならなかったのが不思議なくらいだわ!
―冷たい顔つきですか……あなたはいつも火が入用なんですね、ところが火というやつはさっぱり役に立たんものでしてな。パッと燃え上がったと思うと、くすぶって、消えてしまう。
―でも、暖めてはくれますわね、―とアレクサンドラも負けずにやり返した。
―そう……それから火傷もしますしな。
―まあ、なんですの、火傷ぐらい!そんなことなんでもありませんわ。かえってそれより……
―まあそういうお口がきけるかどうか、一度ひどく火傷をなさってからのことにしましょうや、―ミハイロはいまいましげに彼女の言葉をさえぎると、手綱でピシリと馬を叩いた。―失礼しますよ。

アレクサンドラの容姿の説明。

アレクサンドラが美人だというのは県下に一致した評判で、それは決してはずれてはいなかった。びろーどのような鳶色の眼とか、金色に輝く亜麻色の髪とか、円っこい頬のえくぼなど、そのほかいろいろの美しい箇所をあげなくとも、ほんのかすかに上反ったその端正な鼻だけでも、優にいかなる男性をも悩殺するにたるものであった。が、中でもえも言われないのはその愛くるしい顔立ちの表情で、相手を信じきった、邪気のない、しかもそのやさしい面ざしは、相手を感動させ、惹きつけるものをもっていた。アレクサンドラの眼つきや笑い方は子供のようだった。貴族の奥さん仲間でもさっぱりした方という定評で……これ以上の評判はちょっと望む方が無理だった。

アレクサンドラとパンダレーフスキイのやり取り。

―でも、その男爵っていう方は学者先生じゃありませんの?―とアレクサンドラは訊ねた。
―とんでもございません。ダーリヤさまのお話では、反対に、見るからに世故馴れた方だそうで。ベートーヴェンのお話なども、老公爵さまさえうっとりなさったほど滔々と見事にお話になりましたそうでございます。これは、実は手前も伺いたいくらいでございました。なにしろ、それは手前の縄張りでございますからね。このきれいな野花をお一つ差し上げましょう。
アレクサンドラは花を貰った、が、五、六歩行くうちに道ばたに落としてしまった。