2014年3月11日~2014年3月18日 2

title:床屋
subtitle:取り急ぎ禊 2014/3/12

今日は燃えるゴミの日だ。回収車に付き従う作業員の首元から垣間見える金色のネックレスのどぎつさに気を取られながら、今日は暖かくなると床屋のTVから聞いた天気予報を思い出す。

昨日、トイレの鏡、電車のウインドウに反射した、頭をヘルメットのように覆った髪を見て辟易し床屋に行った。

駅の構内を歩きながら丸いピンクのヒールを履いた女性が目に留まる。俺なら会社に行く際に履こうとは思わないだろう。たとえ会社で履き替えるのだろうから問題は無いのだとしても。
他方、片脚を引きずった女性がエナメルのハイヒールを履いていた。生きていれば片脚を引きずる事も、無くす事もある、と自分に言い聞かせ、今日ハイヒールを選んだ女性の逡巡を思い、素敵だと思う。

午後九時までやっている馴染みの床屋に入る。店主は録画したTVを眺めながらリモコンを弄っている。早回し、巻き戻し、TVの中の時間は床屋に自由に委ねられている。
客はいない。俺はマフラーを取り、上着をハンガーに掛ける。促され座席に座ると店主が言う。
「今日はどうされますか?」
「バッサリいって下さい」
「バッサリですか?ふふふ。判りました。」

昼食を取る為に会社を出た。マフラーを着けて出て来たのだが、天気予報の通り、今日は暖かく、風も無い。髪を切って首周りを涼しく感じていた俺にはマフラーがあった方が丁度良いくらいだろう。
いつもの喫茶店に入り、コーヒーを注文する。店員がちらりと変化した髪型を見て微笑んだかもしれない。気のせいだろう。自意識過剰は良くない。

TVから店主が録画した番組が流れている。梳鋏でまず側頭部から後ろ側の髪を根元から切っていく。
アメリカで有名な障害物競走に参加する消防士の男性と元自衛隊員の女性を扱った番組のようだ。彼らがどういった理由でこの番組の出演を決め、わざわざアメリカで行われる障害物競走に参加する事になったかは分からなかった。但し、彼らが共通して口にしたのは「家族の為に」という言葉だった。この障害物競走に莫大な賞金でも掛かっているのだろうか?安直な俺はそう思う。でなければわざわざアメリカまで来て障害物競走に出る事が家族の為にならないではないか?そこまで考えて、更にいやらしく考えた。「わざわざアメリカまで来て、障害物競走に参加し、家族の為にと語り、結果の如何に関わらず、視聴者にそれなりの感動と暇潰しを与える事で得られる番組のギャランティ」こそ、18歳のとき家を出た女性、家族の大黒柱である男性の、彼らの「家族の為」である事に。
頭を覆った髪は切り取られ、カバーと足元に散っている。

チキンサンドを頬張りながら、耳許で音楽が流れている。ノイズ除去機能により周りから隔絶された昼のひと時。入力される単語と予測変換を連ねて、隣の席の男たちはアイスティーを手元に置き仕事の話を続けているようだ。外にはランチ場所を求めてさまよう手ぶらの人々。

隣の男性2人は就職の面接練習をしているようだった。大学ではサッカーサークルとバンドをしており、サッカーサークルでは役職に「着くことは無かった」がバンドでは月に一度ライブしており、例えば最近流行りのSNSを使ってお客を集めたという。バンド活動で得たのは「お客様目線」という訳だ。そこで聞き役の男性が茶々を入れる。「面接でギター演奏するばいいんじゃね?」笑う二人を横に俺はフリック入力を続ける。

店主が話し掛けようとした時、鼻水が垂れて来たのを感じて言葉を遮り「ティッシュ貰えますか」と言ってしまった。

「なぜ総合職を希望したの?」「それは、何より自分でツアーを企画したかったからです 。またエリアを希望すると…」隣に空いた席に他の男性が座ったので声を抑えたのだろう、続きは聞こえない。イヤフォンから流れる音楽に耳を傾ける。

泡立てたクリームを縦に割いていく剃刀。

駅の構内で転がる埃の屑は西部劇でいうところの、よく風に転がされているアレだ。都会の人々が拳銃を所持していれば改札機でのSuicaの反応より早く、拳銃を抜き引金を引くのだろう。それが西武鉄道系の路線であれば正に西武劇、じゃあ東武鉄道系なら東武劇か…等というオヤジギャグを披露したかったのではない。

枯れ草ボール。

髪を洗い終え、座席を離れる。料金を払いながら床屋のウィンドウの前で脚を停めた禿げた中年サラリーマンが見える。上着を羽織っていると中年サラリーマンが入店した。

コピー機の前に立っていると上司が声を掛けてきた。
「急ぎか?」
「へっ?何がですか?」
「急ぎでしょ?」
「んー、何が急ぎかよく判らないですけど急ぎですかね?」
席に戻って会話の意味を考えた…
ああ、俺の頭を見て「禊か?」と尋ねた訳だ。