ドーン

平野啓一郎著『ドーン』を読んだ。
平野啓一郎の最新刊。また最近ドゥ マゴ文学賞を受賞したとのこと。選考委員は島田雅彦。正直言ってこれには苦笑だが、良いものを選んだら結果本書だったのでしょう*1

本書は2030年代を舞台にしている。主人公である佐野明日人は、火星探査船ドーンの搭乗員として火星に降り立ち、地球に帰還。しかしそこである秘密を抱えてしまう。それはアメリカ大統領選と絡みスキャンダルとなっていくという物語。

近未来という設定のため至る所に、現在のより少し発展した技術、思想が登場する。それは物語の中で重要なアイテムとなっている。「添加現実」と称されるAR技術や「散影」と呼ばれるネット回線とつながった防犯カメラ。「可塑整形」と呼ばれる手で顔面を変化させる技術。他にもサイボーグ009のように奥歯を噛んで加速装置を起動―というのは嘘で(笑)、コンピュータを起動させたりする。またウィキノヴェルなるウィキペディアの小説版も登場。とはいえこれらの技術も最近のニュースではよく取り上げられるものもあり、それほど驚くことではないように感じる*2。あくまで十数年後にありそうな新技術といった感じだ。また思想面でも技術に対応して「分人主義」、無領土国家「プラネット」が登場する。特に「分人主義」はこの作品の一つのテーマであり作品の至る所で言及される。

本書の説明によれば「分人主義 dividualism」は「個人 individual」を分けたものと説明され対人関係ごとに「分人」があるという考えらしい。これはキャラとか多重人格とは違い、あくまで対人関係において発生し様々な「分人」のつながりによって個人が形成されているということ。つまり「個人」は「分人」の集合であるのだ。


これらの技術や思想は平野啓一郎がこれまでの作品で描いてきた問題の延長線上にある。「可塑整形」はインターネット及び「顔」の問題を扱っていた『顔のない裸体たち』を思いださせるし、「散影」や「分人主義」は『最後の変身』や『決壊』で主人公たちが苦しんでいた問題点に関する。本書は正にその問題に対して一つの答えを提出している。その点においてこの作品は最近の平野啓一郎の仕事の集大成であると思う。

私は前作『決壊』における主人公の絶望的な袋小路の状態を著者がいかにして抜け出させるのかと思い、この本を手に取った。そしてそれは「分人主義」によって乗り越えられている。現実にこの考えが受け入れられるかどうかはわからないが、一つここに選択肢があるというのは幸いなことだと思う。
 
 

ドーン (100周年書き下ろし)

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顔のない裸体たち (新潮文庫)

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滴り落ちる時計たちの波紋 (文春文庫)

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決壊 上巻

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決壊 下巻

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*1:しかし『決壊』は芸術選奨受賞を受賞しているので二連続で受賞したことになる。

*2:実際ウィキノヴェルはあるらしい。