チェイサー

 『チェイサー』を観た。

 とても評判になっているようなので観に行くことにした。韓国映画の近年の名作としてよく『オールド・ボーイ』が挙げられるが、私はこちらはまだ観たことがない。
 物語はふてぶてしい男のイラつきを捉えながら始まる。元刑事の派遣デリヘル経営者である彼は雇っている女が次々と失踪したことにイラついてる。しかし彼はある客に派遣された後、女たちが失踪していることに気がつく。この客がオレの雇った女を売っている、激怒した男はこの客にまさに今派遣されようとしている女に電話で伝える。その男の住所を携帯で教えろと。しかしその客、実は女を売っているのではなく、殺していたのだった。
 この物語の季節は夏のようだった。おそらく韓国の季節も日本と変わらないのだろう。夏の息苦しい暑さ、夜のアスファルトに残る熱。そこをひたすら男が油汗を噴き出せながら走る。その勢いが素晴らしい。全く格好よくない、しかしだからいい。必死に走る姿が美しいのはアスリートだけだ。人の命が懸かっている時に人が走れば、それはおそらく、フォームも何もあったものではないのだ。
 客が警察に殺人犯であることを明かすなか、男は派遣した女の行方を捜す。そのなかで女に小さな女の子がいることを知る。男はこの子どもの存在によって死に物狂いで真夏の住宅街を走りまわることになる。
 一方自らが連続殺人犯だと名乗る男は証拠不十分で拘束を解かれようとしている。女性刑事をからかい、監視カメラがまわる時は何も語ろうとしない。そしてついに拘束が解かれることになる。
 この映画に一切拳銃が出てこない。生身で殴る蹴る、ハンマー、ドライバーを力一杯振り回す。すぐに死なないだけに、タチが悪い。殺意を持たなければ死にもしない。そこには明確な意志がある。だからやはりタチが悪い。
 女の小さな女の子が救いでもある。しかし映画が終わった時、私はイラつき始めていた。このイラつきはこの映画の結末と救いのなさからくるものだ。このイラつきを体験することで、利口ぶっている自分の、原始的な単純さが表われているような気がする。それは映画のなかで鈍器を振り回している男たちとさして変わらないのかもしれない。
 
 
 

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