滅びの都

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、佐藤祥子訳『滅びの都』を読んだ。

「都市」がある。この「都市」は「実験」を目的としている。「「実験」のための「実験」」だと本書では語られる。都市にはロシア人・ドイツ人・ユダヤ人・中国人・日本人と人種や国籍は関係無く人々が集められている。また彼らは第二次世界大戦直後の時代を生きた人々らしい。彼らが折り入って語るのは戦争の記憶である。仕事は一定期間勤めると、機械によって定められた新たな仕事を勤める決まりになっている。主人公のロシア人は、ごみ収集員、捜査官、編集者、クーデターを経てドイツ人の元ナチス党員が統治する権力機構の補佐官となり、その後はアンチ都市を調べる為、世界の果てへ調査隊を伴って向かう。本書はロシア人の仕事毎に章立てされ、物語が進んでいく。 

「都市」の人々はどのように集められたのかはっきりとは判らない。主人公は自分にしか見えない教導師なる人物によって都市にやって来たらしい。

印象に残るのは「都市」の日本人が悲哀を以て語リ出す「沖縄で日本兵が少女を強姦している事が告発されると、少女とその母親は次の日には姿を消してしまったのだ…」というエピソードである。著者のアルカジーは日本語に精通した日本文学研究者であり、軍に所属していた際は極東軍事裁判に関わったという経歴を持つ。そういった背景を鑑みた時、フィクションでありながら、戦争という状況に於いて類似するような出来事は想像に難くなく、また日本人であるが故に生々しい印象を抱く。

クーデターを経て補佐官となった主人公は博識で変人のユダヤ人を連れて世界の果てへ向かうが、調査隊は過酷な環境に仲間割れを起こし離散してしまう。主人公はユダヤ人と共に巨大な足が闊歩する廃墟や遺跡を越え、世界の果てらしきものに辿り着く。ここで描写される世界の果てはアレクサンドル=ソクーロフが「ファウスト」で描いた真理の場所そのもののように読み取れる。しかし著者はどうやら世界の果てに辿り着いたとしても終わりの場所では無い事を示唆しているらしい。

本書はストルガツキー兄弟の「モスクワ妄想倶楽部」で青ファイルと呼ばれた原稿である。「モスクワ妄想倶楽部」の翻訳者である中沢敦夫によれば、本書は1970年代に執筆され完成していたという。捜査官となった主人公が赤い館でソ連指導者とチェスを指すというあからさまな描写や*1、ソ連という体制を、そしてそれに似通ってしまう体制そのものを、「都市」になぞらえシニカルに描いているのは明らかで、発表を躊躇するのは理解出来る。

翻訳者の佐藤祥子による本書の解説は非常に丁寧で理解が捗ると思う。古本を手に入れるか迷った末、図書館を利用して読む事になり、現状内容の多くを忘れてしまっているものの、ストルガツキー作品の中では託されたイメージが多い為に強い印象を残している。 

滅びの都 (群像社ライブラリー)

滅びの都 (群像社ライブラリー)

 

 

*1:脚注をよまなければ判らない程度に浅学ではある。尚、脚注には人名も書いてありスターリンだったと思うのだが、はっきり憶えていない。