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2015年10月19日~2015年10月25日

制服を着た子どもが満員電車に乗り込んで来た。後ろに下がった女性を懐で受け止める羽目になった。子どもは周りを顧みずソフトカバーの本を貪り読んでいる。坊主頭越しに頁に彩られた紋様が目に入る。ファンタジー小説でも読んでいるのだろう。自分が本を自発的に読むようになったのはもっと後の事だったなと思い出した。

偏頭痛を抱えて帰宅した。

「こいつ、俺が誰だか判っているのか?」男はそういって立ち上がり、ふんと鼻を鳴らすとまた椅子に座ってこう言った。「たぶん、お前は俺の事を知らない。俺がお前の事を知らないように。」私は黙って頷くと立ち上がって男の頭にビール瓶を叩きつけた。ビール瓶は手元を残して割れてしまい、手元に残った瓶の残骸を男の顔面に突き刺してやった。男は机に座ったまま天上を仰いだ。そちらに目を遣ると梁と梁の間に古ぼけた蜘蛛の糸が一本、風に揺れている。血塗れになった男に問い掛ける。「気分はどうだ?」男は顔に瓶の欠片を突き刺したまま「まあまあだな。」と言う。仕方無しに男の机にあったフォークを頭の天辺に突き刺してやった。「お前、名前は?」男に尋ねると切れた唇から血を滲ませながら「高嶋政伸だ。」と言った。カウンター越しにビール瓶を取り出し、男の後頭部に叩きつけた。今回は当たりどころが良かったらしい、瓶は割れなかった。「名前は何だ?」男は机に突っ伏したまま顔を横にやり「本当に高嶋政伸だ。一字一句違わない。」と唇を震わせた。

ドラマの撮影に出くわし、該当の作品を探したところ、バツサンのおっさんが毎話女性と邂逅を果たす東京センチメンタルという番組だった。

スマートフォンを路上に落とし傷つけてしまった。よくよく考えてみれば、落とさず使い続けている事が不思議のような気がした。

「判った。高嶋政伸、しかしお前はどこか変じゃないか?」私は近くにあった手拭いを使って男の顔にこびりついたガラス片を適当に取ってやりながら尋ねた。男は目だけこちらに向け何か言おうとしたが、私は更に続けた。「痛みが無いのか、それともただのやせ我慢か、声一つあげない。まるで他人事のように殴られ続けている。そうだ、本当に他人事のようだ。どうだ、何か言う事があるか?」男は何か言おうと口を開くと血が溢れた。私はカウンターの向こうのマスターに手拭いを頼んだ。マスターは男目掛けて手拭いをブーメランを投げるように放った。見事なもので手拭いは男の頭に刺さったままのフォークに引っ掛かった。男は何も言わず手拭いを手に取り、血を吐き出して口の周りをゴシゴシと拭き、そのまま首周りの血を拭き口を開いた。「自分の身体が自分のものだと誰が決めた?生まれたての赤ん坊は自分の身体の認識を持っていると思うか?お前は子どもはいないのか?」男はこちらを向き、口の中の血を掻き集めて吐き捨てた。「いない。お前の前ではな。」「そうか、ならいいさ。俺には娘が一人いる。彼女は周囲と自分が一緒だと思っている。見ていれば判る。周りが騒がしいと泣くの自分自身が騒々しいと思っているからだ。これは大変非効率だが、子どもが周りを巻き込んで周囲のペースを握るのは、そういった理由があるんじゃ無いか…まあいい、それに親もまた子どもを他人だとは思っていない。自分自身の一部だと思っている。そう考え、個体としてそれに限界を感じてしまう。特に育児に疲れた母親なんかはこういう考えに至って非常に堪える訳だ。」私は途中から話に聞き飽きテーブルの上に散らばったガラス片を爪で大きなものと小さなものに選り分けていた。「お前は何を言っている?」「自他の区別についてだ。」「判った。続けろよ。」男はマスターに手拭いを求めた。マスターはやはり先程のように男の頭に刺さったフォーク目掛けて手拭いを投げたが、男は手で手拭いを受け取った。マスターの舌打ちが店内に響いた。

窓の隅で蝿が三匹、そのうち二匹は重なりあって飛んでいる。

「そもそもお前が俺にガラス片を叩きつけられるのは俺への共感を拒否しているからだ。愛する人が目の前で苦痛に苛まれれば、お前もまた苦しむだろう。これが俺の精神と身体の中でも起こっている。俺は俺の身体との共感を拒否出来る。戦場で仲間が血反吐を吐いて死んでいた時、俺だけ傷だらけで生き残っていた。気がついたよ、人は痛みで死ぬんじゃ無い。精神が痛みに耐えらなくなったとき死ぬんだよ。俺にとって身体は精神の容器でしか無かったのさ。判るか?」「単純に痛みを感じられないだけじゃないか?」「もちろん、そんな事は無い。意図して可能という事だ。でなければ身体を動かせ無いからな。車の運転と同じさ。アクセルを少しだけ慎重に慎重に踏みながら、ギアに一瞬引っ掛けて身体を動かすのさ。ギアを入れ過ぎると痛みで悶絶する羽目になる。」私は内容に満足して集めたガラス片を人差し指で弾き飛ばした。「なるほど、そういう特異体質を買われて俺を殺しに来た訳か。」男は少し間をおいて声を抑えて言った。「ちょっと違うな、殺すのは俺の役目では無い。俺は見届けるだけさ。」男の言葉の意味に理解したところで、視界の端でマスターが手拭いを投げた時の姿勢を取った事に気がついた。「畜生‼︎」男の懐に入ろうとした瞬間肩に鋭い痛みが走った。懐から取り出した手榴弾のピンを抜き男の肩越しに投げる。骨董品だが果たして作動するだろうか。サン、男の顔を見上げると動きが無い。ニイ、こいつの言葉に従えば身体さえ物でしかないのだろう。イチ、心身二元論者の身体を使った防御型手榴弾とは、さすがに実戦は演習通りに行かない。ゼロ、破裂音と共に室内に埃が立ち込める。

男子トイレで小便をしていると大便を漏らす夢を見た。目覚めて夢診断なるサイトを眺めたところ吉凶どちらにも取れるとの事だった。

拳銃を腰から取り出す。肩を触ると幸いにもかすり傷らしく、ナイフは刺さっていない。男の後ろにまわると二本のナイフと数多のガラス片が突き刺さっている。埃が落ち着くと崩れたカウンターに横たわる内臓を撒き散らしたマスターが姿を現した。溜め息を吐き、男に語り掛ける。「おい、マスターは死んじまったぞ。」男は沈黙を守っている。ガラス片はともかく、ナイフはマスターが投げたにちがい無い。拳銃を男に向ける。「高嶋政伸、娘が居ると言ったな。あれは本当か?」やはり返事は無い。死んだ振りをしているのだろうか。どちらにせよ、やる事は決まっている。もう一度溜め息を吐き、引鉄を引く。男の頭が向こうに弾け飛ぶ。更に二度引鉄を引くと、男の頭は跡形も無くなり、辺りは血飛沫で染まった。手応えはまるで無い。しかしこれ以上この男に関わりたくも無い。私に共感が欠如していると男は言った。しかし自身の痛みすら拒否した男に言われる筋合いも無い。しかも今思えば因縁をつけてわざわざ追手だと言わんばかりじゃ無いか…下手な考えは休むに似たり、傷口の処理を終え、店を後にした。

いつもの喫茶店で、昼休みの時間が過ぎたにも関わらず座っている。そして困惑している。こんな事をしていて良いのだろうか、いやしかし、別段構わないでは無いか。というのも、知らぬ間に私は今の仕事を辞め、以前の職場に再就職していたのだ。なぜ、こんな事になったのか。再就職した職場の総務部によれば、職場に居たAと総務部長は知り合いだったらしく、日々仕事を持て余している私を案じて二人が密かに手続きを取ったのだという。そんな話があるだろうか。久しぶりに会った職場の人々の意味深な視線はたまったものでは無く、その上、中途半端に経験があるものだから、なしくずし的に仕事をするはめになりそうだった。そんな心配も業務が与えて貰えればの話なのだが…

夜目覚めて洗濯物を干すのを忘れている事に気がついた。

静かな朝だった。相変わらず上階の開け放した窓から男同志の他愛ない会話が聞こえているものの、風が木々を揺らす音が帳消しにしてくれていた。この穏やかな時間は、いつか何処かで見知ったもので、それ故にまた愛おしく、しかし懐古的だった。瞼を閉じると、高校時代の部活動の顧問が定年退職を迎える事になったという。まだそんな年齢では無かったはずだが、と目を覚まし、時計を見遣ると午前十一時を少し過ぎたところだった。スマートフォンを手に取り、平野啓一郎のマチネの終わりにの最新話を読んだところ、一年半という演奏のブランクから主人公であるギタリストが練習に取り組み始め、脳溢血で身体が不自由になった恩師に冗談ながらに練習の再会を伝えると、師は涙でそれに応えるのだった。

シャワーを浴び病院に出掛ける。午前の診療に間に合うだろうか、小走りで十二時前にたどり着くものの、既に診療は終えているらしい様子だった。事務員は新しい病院がコンビニの二階に出来たのでそちらを訪ねてはどうかと言う。秋の陽気のなか小走りした為に額と首筋に汗が垂れるのが判った。いつも見掛けるファストフード店の外にまで並んだ人の列を横目に、辿り着いたコンビニはマンションの一階、つまり二階は居住スペースだった。こういったマンションは共同住宅では無く、一般物件となる。これは使用用途による建物の分類である。そんな事はどうでも良いのだが、しかしあの事務員は嘘を言ったのだろうか。少し記憶を辿るとその医院の角を少し行ったところにまた別のコンビニがあった事を思い出した。

最近の医院の内装はどこもそうなのか、下がり天井の中央をくり抜いて回転するシーリングファン、小児科の待合室はハロウィン仕様になっている。どうやら患者は自分しかいないらしい。しっかりと化粧した女性事務員とその横に曖昧な雰囲気の男性事務員がいる。医務室に迎えられると若い医者の男性の耳にイヤフォンが埋め込まれており、その背後に控えている看護士の女性も同様だった。これで事務員と連絡を取り合っているのだろうか。ハイブリッドな医院だと思う。

何もやる気が起こらず布団の中で日中過ごした為になかなか寝付けない。外から風の音が聞こえる。

ジムのモニターにて全日本大学女子駅伝を眺める。カメラまわしから大東文化大が有力候補のようだが立命館大が首位を譲らない。

さすがにシャツ一枚で外を出歩くのも難しい時季になった。全く季節の移ろいというか、一年の早さには驚かされる。