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Autopoiesis VS Phenomenology…

メモ

第一部 発現篇

〜A氏の場合〜

私の能力が発現したのは、紛れもなくあの日だった。私は当時、科学哲学において一定の業績を挙げ、その生活に満足しつつ、もっと成果を挙げる事が出来ると信じていた。しかし、何か決定的なものが欠けているとも自覚していた。語る事も出来る、説明する事も出来る、しかし核心に触れてはいなかった…
私は当時、「生命の有機構成」について2人の神経生物学者が執筆した論文を邦訳する作業に取り組んでいた。その作業も佳境に入り、注釈もほぼ終えていた。私はこの論文を意味において理解していた。これは強がりではなく事実だ。しかし、やはり何かが足りないとも考えていた。
私は文章を見直し、出版社に邦訳した文章を全て送り、再度文章を校正する作業に取り掛かっていた。私は金曜日の真夜中から作業に掛かり、朝を迎え、一人朝ご飯を作る事にした。私は手際よく玉子焼きを3つ、味噌汁、ロールキャベツを作った。
私はまず味噌汁を胃に流し込み、玉子焼きを頬張り、ご飯をよく噛んで食べた。朝から食べ過ぎではないかと思うが、休日の朝、私は毎日こういった食事をしていた。邦訳の作業をしている際の体力の消耗を著しく、汚い話だが下痢便を腹に抱える。それを出し切った時、生きる喜びを感じたものだった。
そういった消耗に対処する方法は、食べる事と寝る事だ。これが出来ていれば、まだ三途の河から戻ってこれる。私は良く噛み、味わい、全てを平らげ、椅子の上で、換気扇の音を聴き、太陽の光に照らされた埃の行方を目で追っていた。その時だった。
私は邦訳した文章の核心に触れたのだ、同時に強い吐き気が私を襲った。私はトイレに駆け込み涙を流していた。涙は吐き気によるものだったが、今思えば私の内なる精神の喜びの涙だったのかもしれない。私は気を失ったらしく、気がつくと布団の上に横になっていた。家族に聞けば一日中寝ていたという。
私は布団の上で、何かが違う事に気がついた。私が運び込まれた和室は静かだった。しかし何かが、きっかけもなく、結果もなく、運動をしている事をありありと感じた。そう、それが私の能力だった。わかるだろうか、いやわかるはずがあるまい、きっかけもなく結果もないのに関わらず理解るという事を。
私は直ぐに出版社の担当者に連絡し、全ての文章を再度書き直したいと伝えた。担当者は困惑したが、「先生がそうおっしゃるなら…」と了承を得た。もちろん私もこれまでの自分の苦労を思えば、書き直す事に躊躇いもあった。しかし判ってしまった以上、やらなければならない。


〜B氏の場合〜

私が能力に目覚めた話…、正直解らない。しかしこの道を志した事、その事を説明する事が即ち、私が能力に目覚めた話になるのではないかと思います。余り、人に話す事でもない、単なるごく個人的な話になると思いますが、辛抱して下さい。あれは、私が高校生の時の話でした。
私は高校生の時、部活動で剣道をしていました。それほど強い部活な訳でもありませんが、伝統があり、部員達も練習に熱心でした。私は他の部員に比べ、実力がある訳ではありませんでした。しかし部員達から信頼を得ており、先輩達からの強い勧めもあり、主将として、部をまとめていました。
高校三年生の夏、私たち三年生は最後の大会を終えました。私たちは準準決勝まで進みましたが、インターハイ常連の強豪校に三対二で惜しくも負けてしまいました。私たちは仲間たちと善戦した事を讃えあいました。そこまでは良かったのです。問題はそこからでした。
三年生は最後の大会を終えれば、引退しなければなりません。私も主将を二年生に引き継がねばなりません。私は主将としてこの部活に誇りを持っていましたから、しっかりと仕事を引き継ぎたいと思っていました。しかし私はその時、既に傲慢になっていたのかもしれません。
部活の主将は、部員達が自薦、他薦により、候補を挙げ、選挙によって決めていました。次期主将は部の雰囲気からある程度察する事が出来ました。実力もあり、言いたい事も言えるA君、実力はA君程はないにしても、練習熱心で皆から信頼されているB君、この2人が主将になる、皆そう思っていました
私はこの2人のどちらかが主将になるとして、どちらが良いのかと考えました。そしてB君が良いのだろうという考えに至りました。B君の安定さと信頼性を評価しての結果でした。確かに実力があるA君でも問題ありません。しかし、必ずしもリーダーに実力が必要ではないのです。
今考えれば、この私の結論に色々なバイアスが掛かっていた事は否定出来ません。A君の実力、時たま見せる自信に嫌悪感を持っていたのかもしれません。実力がなくても部員たちをまとめる事が出来るという、私の理論を証明したい野心があったのかもしれません。
しかし、当時、私は、この結論こそが一番妥当だと考え、信じました。そして、その内容を同級生に話し、同級生も納得しました。なぜなら私たちの関係こそ、私たちが上手くいった最大の証明なのですから。私たちは後輩達にもこの話を聞かせました。ただし、A君とB君に伝えないようにしました。
私は暗に、主将決める際、B君を支持するように指示しました。今思えば、私がこんな事をしなくてもB君が主将になる可能性はあるのにも関わらず。いや、違うのです、私はB君を支持するように後輩達に言わなければ、A君が主将になる事を予期していたのです。
そして、投票の結果、B君が剣道部の主将になったのです。私はそれを聞き、自分の思い通りになった事に喜びました。私はB君によろしく頼むと言い、その背中を叩きました。私はその日、とても嬉しい気持ちで自宅に戻りました。
私はその日持ち帰った薄汚れた剣道着を丸めて、洗濯機の横に置かれた籠に放り投げました。これで剣道部はこれからも安泰だ、と。そして気が緩んだその時だったのです。私は、私の行った事の卑怯さを、理解したのです。全てが終わった、取り返しのつかない事態になってから。
そこには、迷いもなく、確信に満ちた、愚かな行為だけがありました。迷いも何もなく全てが棚上げにされていたのです。これが私がこの道を志したきっかけであり、あなたがいう能力に目覚めたきっかけなのです。


第二部 接触篇


「そろそろ決着をつけますか」BはAに尋ねた。Aは吸い始めたばかりのマイルドセブンワンロングの先を灰皿に押し付け、椅子から立ち上がり「どちらが才能があるか、展開出来るか、決着をつけましょう。展開出来なければどうにもならないのだから」と呟いた。
「展開する前に、認めるところから始まるのです。口でいって伝わらないなら、行為で示しましょう。さあ、あなたの能力を出しなさい!あなたにもあるのでしょう?あなたの思想を具現化した能力が!」
「さて、どうだか、私は能力をこれまで試した事がないのだよ、いや、常に敷衍している!」
BはAの言葉の真意を図りながら、ジリジリとAへの距離を詰めて行った。Bは能力が発現出来るのは、2m以内だった。たったの一歩が、勝負を決する、しかしAが発するプレッシャーはBを警戒させた。狭い研究室のAとの距離が、アキレスと亀の問いの如く、無限に広がるかのようだった。
Bは無限にも見える距離をじわりじわりと詰めながら、Aの言葉を聞いた。
「人間は自身の能力をどれほど発揮する事が出来るのか?過去の偉人たちはその能力を他の人より、十全に発揮する事によってその思想を開花させた。それ自体が才能といっていい。彼らは自らを訓練させる事が出来た、愚直にね」「そして、私たちはその才能を具現化出来た、具現化といっても一部の人にしか見えないようだがね。おそらく彼らも私達と同じように、その思想を具現化出来たのだろう、一切思想史に残されていないがね。しかし彼らの残したテキストは、やはり彼らの才能の一片だよ、そして私はそれを展開する!」
Aは早口にまくし終えると同時に、ホワイトボードを手の平で叩き叫んだ。
「どわー!いでよ、オゥートゥポイエーシスゥ!」Aの手の平の衝撃を受け止めたホワイトボードから無数の太い「神経」が末広がり、研究室を包み込んだ。「この複雑な神経でさえ、既に研究室を包んでいた事がわかるまい!」
「出力も入力もないとはこういう事だぁ!」Aは叫びながらBに一歩近づいた。それをBは見逃すはずが無かった。
「はぁん、射程距離だ!出ろ、イデーン!!」
その瞬間、AはBに近づく事が出来なくなった。顔面を柔らかい何かが、懐かしくもある香りと共に、圧迫した。
「こ、これは過去把時ぃ?」
Bは不敵な笑みを浮かべながら「そうです、あなたにもあるでしょう、母親の乳房に押しつぶされ息が出来なかった事が!これは私の能力のほんの一端にすぎません。誰にでも過去把持はあるのです。この能力が過去把持のQ.E.Dなのです!そしてあなたはまだ能力のルールを判っていない!」
Aは圧迫された意識の中、赤ん坊がどの様に乳房による圧迫を逃れたのか、思い出そうとした。吸い付く脂肪に対して逃げても進んでも阻まれる、全ては問いで決まる、良い問いが出来た時点で答えは自ずと導かれる。そう、乳房の用途と形状が自ずと答えを導きだす!「答えは噛むだ!」
Aは目の前の広がる圧力の先端を舌でなぞり突起物を探しあて思い切り噛んだ。同時にBは悲鳴を挙げ、白いワイシャツを鮮血に染めた。Aは圧力から脱すると同時に一気にBに近寄った。
「メタモルフォシス!!!!!」
研究室に広がった太い「神経」が収束しAの背後に人の形を為し、Bを強襲する。
「バタフラァァァァァァァイィエフェクトゥゥゥゥゥゥ!!」
神経の塊がBの血塗れのワイシャツに人差し指を突き立てると同時に急速に傷口付近の血が凝固、かさぶたをつくれば剥げ落ち、傷口が塞がっていく。
「なんだ、これは?」
Bは驚きながら傷口を見、そしてAを見る。Aは無表情で呟く。「悪夢はこれからだ」
Bは視線をAから傷口に移した。傷口の下にぷっくりとしたしこりが出来、みるみる内に膨らんでいく。
Aは椅子を引き、Bに説く。「生物がその形を何によって規定するのか?遺伝子か環境か?いずれにしても細胞はその形をまるで申し合わせてしまう。細胞一つずつが設計図を持っているのか?否、形作りながら申し合わせる!」「一方、その申し合わせが出来ない細胞も存在し、他の細胞全体を攻撃する。自ら増殖しながら、その本体を死に至らしめる矛盾した存在だ!これだけ言えば、己の状況が理解出来たかな?」「どこぞの国ではためいた蝶の微風が、フロリダにタイフーンを呼ぶ。この問いは無効だ、因果関係がない。それよりもタイフーンの原因を他に求めるのが妥当だ。お前に起きている状況は、私の能力が偶然引き出したに過ぎない、偶然、ただの偶然だ!しかし、確実に原因だ!」
Bは自身の右胸を見た。一体この細胞はどの位の速さで私を死に迎え入れようとしているのか。
どうにかしなければならない、Aの能力を解除させなければならない!
Bは椅子に座るAに向けて能力を発現させた。
イデーンII!!!お前の可能性を限定させる!キネキネキネキネキネキネキネステーゼ!!!!!志向性をホワイトボードに限定!!!!!」
Bの半身から出現した大きな矢印を象ったグローブがAを突いた。
「どわ」Aは収束させた神経の人形でグローブのイメージを防ごうとしたものの神経をすり抜けて攻撃をまともに受ける。「バタフライエフェクトの能力が発動している間、能力そのものの量が不足するのか…これが能力のルールか…」
矢印のグローブを直撃したAは口元から血を流しながら状況を分析した。「しかし!この程度の打撃、どうという事はないわ…何ぃ?」
Aはある事に気がついた。視界の先にホワイトボード「しか」無い。「成る程な、志向性をヤラれたか…」
Bはホワイトボードを見つめ動きを止めたAを眺める。「どうにか志向性を限定する事が出来ました、やれやれですね」
そしてBはホワイトボードに「細胞の増殖を解除しろ」と書き込む。刹那、Aの胸部の膨らみは引いていった。
互いの能力を解除し、その半身に収束させた思考の集合体、研究室に沈黙の帳が降りる。しかし研究室のドアノブが回り、新たな客人が引き寄せられる。


第三部 鳴動篇


「お二人が能力者である事は知っていました。能力レギーネオルセン死に至る病によって、私が真の勝者になるのです!悔い改めよ!!」
研究室の扉を開けながら、Cはポケットから取り出した嗅ぎタバコを鼻に詰め込むと同時にCの背後に二足歩行のカバが具現化した。カバを口を開けるとそこからかつお節のようなものが無数に研究室に漂い、AとBに張り付いて行く。
「言葉の呪術性というものがあり、言葉そのものには力動性があるのです。そう、私たちは言葉によってそのものに近づけると信じている。祭儀性と記録性の機能をルーン文字に持っている!!」
AとBはその意味を理解し、ひらひらと舞うかつお節を身体から払いのけようとした。しかし、身体から張り付いて払えない。
「あなた方は、言葉の意味を理解している。そしてそれ故に能力を開花させた人たちだ。そんなあなたたちが私の能力を無視する事が出来るはずがないのです。まぁルーン文字まで理解出来ると思いませんがね。さぁ、準備は整った。発動せよ、ラグナロクゥゥゥゥゥゥ!!」
Cの能力が発動すると同時に研究室の本棚にあるテキストから無数の影が具現化した。そしてAとBの具現化した能力は、二人の統制を離れ、影と、能力と殴り合いを始めた。
北欧神話は破滅の神話だ…神も何もかも一度滅ぶ、あなたたちの能力にも黄昏て貰います」
影との攻防によって傷を負う能力の影響によって、AとBはその身体に傷を追い始めた。Aは椅子に凭れ頭から血を流し、Bは壁に寄り添い身体から血を流していた。
「ふふ、あなたたちには為す術があるまい…しかし、おかしい、この部屋にはまだ影がある。ルーン文字が他にも誰かいると伝えています。ハッ!!!!」
Cの背後に立っているカバの首の付け根に、白い卵がめり込み、その殻が破られようとしていた。
「これは、どういう事です!この部屋にはあなた達しかいないはず、それなのに!」
Bはボロボロになった身体で呟く「判らない、判らないが…もしや他の誰かが既に能力をこの研究室に仕掛けていた…遠隔操作の能力によって?」
カバの首の付け根の卵はみるみるうちに、破れ、そこから小さな、ぼろ布を纏い絡み合った三人の爺が現れた。同時にカバの首の付け根がするどく抉られた。
「ぎゃーす!!」
カバが悲鳴を上げると同時にCの首から血が吹き出した。
「察しがよろしい。既にあなた達の能力は、私の能力パイナレテの宿主なのですよ。さぁ問答法の時間です」
Cが倒れた事により、研究室に舞うルーン文字は消え去った。しかしAとBの具現化した能力にも卵がめり込み、その孵化を待っていた。
「お前は、お前はDだな!!」
「度々察しがよろしい。その通りです。ただし私は研究室にはいないがね」
「許さん、許さんぞ、鼻持ちならんわーー」
そう言うとAは具現化した「神経」を研究室に敷衍させた。
「この階上ごと展開させるぞーーー!!」
「神経」が波打ち始め、一瞬大きく揺らいだ後、研究室と、その階上全てのコンクリートが砂になって風に舞った。階上を太陽が照らし、研究室から離れた場所にDが椅子に座り、眩しそうな顔している。
「ここまでやるとは、もう後には引けないですよ」
Dはそういうと手の平から無数の卵を生み出し、Aに向けて放った。卵はころころと回転しながらAに向かって行った。
その時、階上に積もった砂塵の中から、「御止めなさい」と誰かが叫んだ。
「これは、これは一体どういう事なんですか。建物の崩壊、そして私の横に立つこの影は何なんですか?」
Eはそういいながら、Dの放った無数の卵をその影によってことごとく踏みつぶした。
「エ、エウレイカァァァァァァ!」
Dはそう悲鳴を上げ、その場にうずくまった。
「ちょうど良かった、おそらくその影は、あなたの能力なのです。しかし、あなたはまだ自分の能力に気がついて無かったようですね」
「能力…先程、FとGも驚きながら私の部屋に訪ねてきたのです。背後に影があると。私はついに二人が発狂したのかと思いましたが、そういう事なのですね」
砂塵の中から、Bが身体を起こし呟く。
「しかしこうも急に、皆が皆、能力に目覚めるなど、ハッ!!」


第四部 復活篇


イデーンⅢ!!未来予持!!!!!」
Bは能力を発動させると呻きながら呟く。「Kreis Ende…妖怪…なんだ?このビジョンは!!!!!!!!!!」
「つまり、つまりそういう事か…私たちは意図的に集められ、観察の対象だったという事か?生贄だったのか?」
「どういう事だ!!」
「あれを見ろ!」
Bは砂塵の舞う階上から校門に立つ銅像を指さした。銅像は震え、その周りに四体の影を具現化させていた。
「きっと私たちの強烈な精神エネルギーに共鳴し、目覚めたのだ。あいつは、あいつは私たちの能力を自身のエネルギーとして、いやおそらく能力そのものだけが、百年、その時を待っていたのだ!」
「あの能力の暴走を止めなければ…いや倒さなければ、私たちの能力が喰われてしまう!うっ、来るぞ!!」
崇め奉られ続けた、四つの影は階上に顕現した。同時に四つの影を中心に、能力者達の影が引きつけられていく。
「能力が剥がされるぞーーーー」
Bは叫んだ。階上に倒れた能力者たちはその場から離れようとするものの動く事が出来ない。
「ふはは、百年の亡霊め、お前も展開してくれるわ」
Aは不敵な微笑をその顔に浮かべた。
能力者たちは、薄れ行く視界の中で、Aがその能力を敷衍させ「神経」のビジョンが無数に全方向に伸び、満たしていく姿を観た。そして全てがAの能力によって閉じられて行くの知った。

To Be(Not)Continued…

Twitterより大幅に加筆、修正して転載。尚、この文章はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません。又、用語等も本来の意味とは全く関係ありません。