イースタン・プロミス

 『イースタン・プロミス』を観て来た。
 題名の「イースタン・プロミス」は英国における東欧組織による人身売買を指す*1。東欧組織とは特にこの映画ではロシアンマフィアとして登場する。
 沢木耕太郎は朝日新聞で連載している「銀の街から」という映画コラムでこの映画を観て「ゴッドファーザー」を連想したそうである。残念ながら私は「ゴッドファーザー」をまともに観たことはない。あれだけテレビで放送されているのも関わらず、だ。なんで興味がわかないのか色々思いつくことはあるが、一つ挙げるとすればそれは暴力に対する拒否感かもしれない。そういう私がこの映画の冒頭で首を剃刀で下手糞に掻っ切られるシーンを見せられたものだから、なんだかいやーんな感じである。
 この映画は英国で暗躍するロシアンマフィアが描かれる。なので舞台はロンドンである。このロンドンが非常に陰鬱である。空は雲に覆われ、石畳の隙間には暗い影がいつまでも残っている。そこに耳に馴染みのないロシア語が英語に紛れて話され、運河に死体を詰めた袋が流される。幼い女は子どもを孕みながら下半身から出血して薬局で倒れる。ロンドン、夏目漱石が発狂した倫敦…。
 主人公の男が、売春宿でやむなく相手にさせた女に「死ぬなよ」と金とカードを投げる。そのカードには聖人か天使が描かれているようだった。おそらくあのカードはイコンだろう。なんというか、これがイコン*2でなければ話にならないが、こういう風習なりが東欧、もしくはロシアにあるのかと。それともただの主人公の情けか、祝福か。
 また主人公の鍛えられた体に刻みこまれたタトゥーの荘厳さと皮肉めいた滑稽さは、主人公そのものと物語に対して、わたしたちのまなざしをそらし続ける、ような気がした。この主人公を演じるヴィゴの格好良さが私には際立った。
 

*1:イースタン・プロミス』公式サイト:http://www.easternpromise.jp/index.html:title

*2:東方キリスト教会に伝わる偶像化することのない神の図像のこと。遠近法をあえて使わない描き方をしていたりするらしい。そうすることで人間中心の視点を切り崩すらしい。現象学においてイコンは志向性のまなざしを飽和する現象らしい。