2015年9月7日~2015年9月13日

吉田一郎不可触世界のあぱんだを聴く。自宅を出ると目の前に若い男女が傘を差しながら歩いている。東京で生きる事に救われていると考えてみた。果たしてそうだろうか。高校生がだらしなく鞄を肩に掛け追い抜いて行った。確かに片田舎にいれば何かと窮屈な思いをした事だろう。向かいから中年の男女が笑いながらやって来る。コンビニから出て来た若い男性が若い女性と共に改札を抜けた。

ムーミンで彩られたワンピース。鼻がむずつく。格子模様のワイシャツを来た男性が熱心に本を読み進める。月曜日は疲れている。いつも月曜日はこうだ。日曜日と月曜日の境は慌ただしい。明日の為に、ベケットはまた終わる為に、早く眠れ。

ベージュのアシメントリーの模様のブラウス。窮屈な思いとは何だろう。例えば何にもなれなかった後ろめたさだろうか。しかし何かになろうとした事などあったろうか。満員電車の中で顔を見合わせ、駅に着くと手を合わせて別れる男女が窓ガラスに映る。

吉田一郎不可触世界のあぱんだを聴き終え、グリーグのヴァイオリン・ソナタ第2番ト短調作品13を聴く。何かになろうとした事はあった。しかし結局身体が追いつかなかった。電車を一本乗り過ごす。

中年の夫婦が電車に揺られている。女性の濡れた髪が乾いて今にも広がろうとしている。窓ガラスに映る自分はどこかだらしなく神経質そうな顔をしている。作品13:2の繰り返されるフレーズを待つ。美容広告に「貼るだけ簡単 お悩み解決!」とある。

コンビニで飲み物と煙草を買い公園に寄り一服する、グリーグのヴァイオリン・ソナタが終わりラヴェルのヴァイオリン・ソナタが始まる。言うまでも無い事だがクラシックを聴き始めたものの日が浅く何も判っていない。ただただ気に入ったフレーズを待つばかりだ。昔の事を思い出した為か、ある友人の事を思い出した。顔立ちは整っていたが、ある悪ガキは彼をからかい「浣腸麻痺」と呼ぶ事があった。抑揚をつけて「カンチョーマーヒー」と読んでいたのが可笑しかった。このあだ名のエピソードは他愛無い。小学校の頃、休み時間にベランダのバルコニーに肘を付いて話している彼の尻に悪ガキが指を構えて突いたのだ。その指はケツめどに鋭く刺さり、痛みに堪え兼ねた彼はケツを押さえ跳びはね、壁で身を支え動かなくなってしまったのだと言う。しかし滅法優秀な彼は自ら学級委員を申し出る積極さも併せ持ち、同級生のリーダーとなって行く。今は結婚して幸せに暮らしているはずだった。

バッハのチェロ・ソナタを聴く。帰り道はただぼんやりとするばかり。目の前に座った男性が傘を倒しそうになり、後ろに座った女性は傘を倒して大きな音を立てている。隣に立った男性はカバーを掛けた本を読み進める。何も考える事が無い。駅を出てコンビニに立ち寄ると、髪を固めた中年の男性が警察に囲まれている。この店で警察を見るのは初めてでは無い。煙草を買いがてらイヤフォン越しに会話を聞いてみると煙草がどうしたとか言っている。中年の男性は傘と鞄を片手に持っている。若い女性の店員は警官と男性をやり取りに少しバツが悪そうだが、レジ打ちをいつも通りこなしている。

夕飯は何をしようかとスーパーの棚を眺めてみるものの、いつも通り、適当に肉と野菜をオーブンで焼くしか無かった。わざわざ手間暇掛けて何か作るという気にはなれない。いつもの店員がレジで待ち受けている。音楽が止まったので仕方無くスマートフォンを取り出し、ドヴュッシーの版画を聴く。

雨が続いても洗濯し乾かさなければならない。網戸越しに樋から溢れ落ちた水が音を立てている。雨が降るといつもこうだ。たわんだの樋の一部に雨が溜まり溢れるのだ。アパートに住み始めた頃からそうだったに違い無い。勿論住み始めた頃の事などとっく忘れているのだが。

友人が勤めるワイナリーから新酒の案内が届く。デラウエアは十月から発売されるらしい。案内には友人が写真付きで紹介されている。良い笑顔だった。幾らでも買ってやりたいところだが、財布に相談するまでも無く生活に余裕らしいもの常に無かった。こんなはずでは無かったのに、そう考えてみたところで何か良い策など思いつきようも無い。先輩の社員が伝えてくれたところでは、貧乏人は自身が貧乏である事ばかり気にする為に、意識が貧乏に集中し思考力が低下するのだという。そして思考力が低下するので益々貧乏になり、貧乏から抜けられなくなるのだと。

月刊少年マガジンで修羅の刻が始まったはずだったと電子書籍を探したところ、奇妙な事に電子書籍版には掲載されていないらしい。意図がよく判らない。仕方無くもう一度コンビニに寄るも雑誌が無い。それならば仕方無いと別のコンビニに寄ってやっと見つける。まだ雨が降っている。一向に止む気配が無い。

雨が降っている。土岐麻子の Bittersweet を聞く。彼女は、後ろの正面は過去の自分だと歌う。既に発車しようとする電車に駆け込む人たちを横目に駅構内を歩く。濡れた床には路上で配られたポケットティッシュが落ちている。ポケットティッシュと言えば、高校生の時、突然同級生の女子生徒に声を掛けられる事があった。何かと思えば、ポケットティッシュが欲しいという。よく鼻をかんでいた俺ならと声を掛けたのだ。それを見ていた友人は「ティッシュマンだ」と指摘し笑ったのだった。その友人とは未だに付き合いがある一方、女子生徒については知る由も無い。

満員電車に押し込まれBluetoothのイヤフォンに雑音が入る。

電車が唸り声を上げて発進した。

ブラームスの雨の歌を聴く。相変わらず雨が降っている。ビリー=ジョエルのピアノマンを聴く。煙草が一本吸い終わる。Blacksheep のメビウスを聴く。昼休みが間も無く終わる。

これから飲みに行くであろう上司と同僚に見送られ事務所を出る。引き続きBlacksheepのメビウスを聴く。頭の天辺を紫に染めている白人を見掛ける。手にはヤマダ電機の買物袋を提げている。Blacksheepの屍者の帝国が007のテーマを奏で始める。

久しぶりに気持ち良く目覚める。夢を観たのだが、現実的たれというプロパガンダがあり、捕らえられ監禁されるも、その場を出る方法は、過去の見た事も無い恋人と寄りを戻す事なのだと言う。

大雨が降ると言う。気持ち早く自宅を出るも雨は小降りになっている。フリードヒ=グルダの演奏を聴く。煙草の灰がワイシャツに落ち汚れる。

満員電車。女性のうなじからたちこめる匂い。次に現れたのは日焼けして皮が剥けた男の首。幾分か空いた車両。日経新聞を読む男性。「損保、海外が主戦場に」という記事が見える。タイトなブラウスを着た女性が窓ガラスを見て自らの出来を確認している。

昼食に出掛けようと思い、傘が必要になるかと外の様子を確認しようとすると上司が「大丈夫じゃないか?」と言い、そのまま事務所を出た。雨が降っている。傘を取りに戻るのも面倒だと思いそのまま外に出ると雨足が強まり思いの外濡れてしまった。喫茶店に入り注文をしていると店員の男性は濡れた俺を見て「雨強いですね。」と気遣いを見せる。「ええ」と苦笑いを浮かべてみる。良い歳をして雨に濡れるものでは無い。

帰り際、客先に勤める人々が人事やら異動について話しているのが聞こえた。

ニック=ベルチュズローニンのリリアを聴く。まだ雨が降っている。高層マンションの上階は霞んで見え、コンビニのウインドウは曇り滴が流れ落ちる。

満員電車を降りようとすると目の前の中年の男性が人波に後ろから押される形になった。気に食わなかったのか振り返って「どぅらー」と大きな声を挙げた。連想したのはロシア語の乾杯を意味するウラーである。更にロシアのウラル山脈だった。果たして何の産地だったろうか。

ニューエイジステッパーズの同名作品を聴く。以前は外出が多かった仕事からデスクワークをするようになった。その影響からなのだろうか、人とのやり取りに対する緊張感が無くなったように思う。会話の脈絡、整合性を確認する第三者のような視野を失ってしまった。そもそもそんな視野を持っていたのかとも思うのだが。過剰にエフェクトの掛かった音が耳許で鳴る。

大雨の影響が確実に仕事に出る事になった。全く困ったものだと思う。

久しぶりに青い空を見た。新垣隆と吉田隆一の N/Y を聴く。結局、現状の担当業務に突然の変化は無かったものの、来年前半まで人員が各所に固定され、業務に影響が出るだろう。バリトンサックスがエンジンのように唸る。

スカートの短い女子高生を見遣る女性は訝しげに遠い目になって行く。類家心平 4 piece band の Chaotic territory Ⅳ を聴くものの満員電車に押し込められ、イヤフォンの電波が遮られた。窓ガラスに伏目がちな女性の美しい顔が映る。結局、ただの好意でしか相手にされていない。それが現状の人間関係の限界だ、そう結論を出したところ、最早後に残るものは何も無かった。歩きながらスマートフォンとイヤフォンを再度接続させ、ベッカ=スティーブンバンドのパーフェクトアニマルを聴く。手許の本を読む女性の横顔は美しく、害にも薬にもならない。

地下から地上に出ると陽が射している。空にはまだら雲が広がっている。秋の空だった。公園の垣に色鮮やかな蝶が舞っている。Blacksheep の SLAN が耳許で気持ち良く響く。

休日出勤。自分の分野以外の内容ばかり、仕方無く数をこなす事に注力するも、適切な指示が出せていたものか今になって不安になってしまう。全く仕事嫌いがやる気を出すものでは無い。

大学で鯨の鳴き声について研究しているという女性に出会う。互いを想っている事は明らかだが、もちろん、夢の中だけの出来事だった。

ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ Blues のいかがわしい雰囲気。休日出勤二日目の朝、改札前で男女が別れを惜しみ、その時間を伸ばそうと冗談を交わし続ける。飽きるまで互いを貪り合えば良いのに。その後に残るものが何なのか、それは二人だけが判れば良い。

仕事を終え電車に乗り込むと座った子どもは母親の肩にもたれて眠っている。おやすみなさい、ねむりなさい、また始める為に。