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2015年10月12日~2015年10月18日

外は雨だった。

わざわざ出張までしてやる事が他愛も無いものだった。日々小間使いだと吹っ切れているつもりだが、忙しなく働く人々の横では、さすがに情け無さくらい感じるべきだろう。年長の社員共に作業に従事しながら尋ねてみる。「あんまり効率的では無い作業ですよね?」「そうだね、せめてこの書類のデータをPCに入力出来ればと思うね。」

隣に座った女性が鞄から小瓶を取り出し手首に振り掛け擦る。窓から入る風が微かに匂いを運んで来た。

飛行機のカメラが映し出す首都、そしてモノレールから見える夜の街並は美しく、しかし美しいからこそ爪弾きされているような疎外感をもたらした。

「でもその夢を観た時は怖かったんでしょ?」そう電話に向かって話し掛ける男性が横を通り過ぎた。

「あのね、夢を観たの。変な夢だった。私、小学生の頃はピアノを習ってたの。私が通っていたピアノ教室にはグランドピアノがあって、結構大きなお家でさ。先生は良いところのお嬢さんか、お金持ちとは結婚した人だったんでしょうね。家で練習する時は電子ピアノを弾いてたんだけど、実はこれは中古品でさ、なんで中古品だったか、確かお父さんが友人から格安で譲って貰ったんだと思うんだけど。でさ、電子ピアノって練習する時、ヘッドフォンを掛けて練習するの。ピアノの音って結構うるさいんだよね。練習用の曲も内臓されてて、自動演奏とかも出来るわけ。知ってた?知らないでしょ?まあ、前置きはそれ位にして、変な夢っていうのはね。」

商品券を手に入れたので、帰りに百貨店に寄ってみたのだが、あらゆるところに配置された店員とタグに表示された金額を見て怖気づき、そのフロアを後にした。食品コーナーを通って店を出る途中、ワインエリアに気がつき寄ってみた。日本産ワインのコーナーを眺めてみたが、友人が勤めるワイナリーの物は置いていなかった。

「白い、やたら薄い生地のロングのワンピースを着て私は洞窟を歩いているの。下着は着てないみたいで、身軽なんだけど寒かった。特に脚元なんかはね。だって足首は水に浸かっていたし、脚元の水は跳ねるし、挙句ワンピースの裾は水には浸かっていたから、段々ワンピースに水が浸みてきてね。そうすると陰毛が透けて、最後には胸の辺りまで浸みてきて、乳首も透けていたわ。ちょっと今、私の裸を想像した?嘘でしょ?当の私はもう寒くてさ、ずっと歩いているんだけどなかなか目的地に着かない事もあって不安なの。目的があるって事は判っているのよね、不思議だけど。でも夢ってそういうものでしょ?えっ、周りはどうなっているかって?そうそう、洞窟に灯りは無かったわ。でも青白い光が脚元から至るところに射しているの、水に乱反射して、洞窟全体を照らしているらしいの。これもそういう仕組みだって何だか知っていたわ。洞窟の壁は鋭く尖ってゴツゴツとしていて無闇に触れちゃ駄目なの、触れると皮膚が切れちゃうくらい鋭いのよ。」

ディスカウントショップでピジネスシューズを買いがてら、ベルギービールと日本酒を買った。

「寒さに震えて不安を覚えながら歩いていると、出口が見えるの、扉の無い出口なんだけどな、ちゃんと四角い出口なの。至って普通の建物の出口。観光名所になっている洞窟に手摺があったり、扉が誂えてあったりするじゃない?そのくらい意図的で、人工的な感じ。その出口に手を掛けるとフェルトみたいな手触りだった。その感触が意外だったから印象に強く残っているわ。その出口を抜けると、少し広いところに出るの。そこは脚元の光も届かない場所で、暗闇に包まれているのだけど、どうもドーム状になっているみたいなのが判ったの。でも私が来たかった場所じゃないみたいで、おかしいなと思っているのだけど、知らぬ間のドーム状の一部に私の部屋が現れるの。ドーム状の空間に私の部屋が重なっているっていうか、ツギハギに部屋があるのよね。でさ、そこにグランドピアノがあるの。私は懐かしいなって。だってグランドピアノはピアノ教室にあったピアノだったのよ。埃除けの布が一緒だったし、そんな物が無くても私はあの時のピアノだって確信したわ。私は椅子に座って鍵盤の蓋を開けるの。それで気がつくのだけど、左手の方にヘッドフォン用のジャックがあるの。あれって思ってピアノの下を覗き込むと、私が自宅で使っていたヘッドフォンが落ちてたの。グランドピアノだけど、私が使っていた電子ピアノでもあったというわけよ。でさ、私も妙に律儀でさ、周りの人に迷惑になるかもしれないと思ってヘッドフォンをつけてコードをジャックに繋ぐのよね、今思うと何だかおかしいわ。そうやって鍵盤に指を掛けようとするとヘッドフォンから音が聴こえるの。鍵盤に指を掛ける前なのに。その曲は、たぶん曲名を言っても判らないと思うけど、ショパンのポロネーズ第六番英雄っていう有名な曲なの。たぶん聴いた事はあると思うわ、タララララララーンって始まる曲なんだけど、ある程度演奏を聴いていると、目の前に私に重なって半透明になってピアノを弾いている人に気がついたの。金髪で長い髪の、痩せた白人の女性だった。私は自然と、ああこのピアノはこの女性の物なんだって納得しているの。演奏が終わると、彼女は椅子から立ち上がって向こうの方にお辞儀して、私の方に振り向くの。彼女はニッコリ笑いながら口を動かすとヘッドフォンから声が聞こえたわ、「ありがとう。愛してくれて。」ってね。でさ、これがまた私も細かくて、何で外国人なのに日本語なのって思って、ああこのピアノって通訳機能もあるんだなって独りで納得したところで目が覚めたわけ。」

帰りにラーメン屋に寄った。以前よりラーメンが出るのが早くなった。というのも店主はスープを混ぜチャーシューを切る事に専念し、麺を茹でるのは助手たちの役目になったからだった。店主の体調と客の利便性を考慮した結果なのだろう。誰かに集中して負担が掛かる仕事は必ず破綻するものだと自らの業務を省みてしまう。

「でもその夢を観た時は怖かったんでしょう?」「怖いっていうか…何だか懐かしいんだけど、残酷な感じがするのよね。」「残酷?」「大事な事を忘れて生きてるっていうか、うまく言えないんだけど…。実際、ピアノの事なんて忘れてたし、ピアノの先生なんて、さっきまで影も形も無かったのよね。」「そんなのは当然の事だと思うけど。」「そりゃ、そうよ。四六時中、昔の事を思い出している訳にもいかないし、今の事で手一杯、ままならない位なんだから。でも間違い無く、今の私に関わっていて…二十五年以上の前の話だから、先生ももう六十は超えてるのよね、あーあ、歳は取りたくないし、あっと言う間におばさんからおばあさんなのね。」「そんな極端な…じゃあ、俺からその夢の話の真相を解き明かしてあげようか?」「どういう事?」「さっき君が観たっていう夢は俺の頭の中の出来事なんだよ。」「はっ?」「いや、そのまま俺が想像というか妄想したというか、俺じゃない、他の誰かかもしれない。そういったものの結果なんだ。」「何それ、意味わかんない。私の夢が何であなたと赤の他人に関わりがあるって言うの?なんか変な本でも読んだの?夢診断?」「…判った。こう言い換えよう。さっき自分に関わって来た過去があるって言ったよね?それだよ。君は今まで出会ってきた人や、観たものやら何やら、そういった経験に夢を観させられたんだ。」「随分話が変わったわね。結局あなたは私の裸を想像したって言う事かしら?」「まあ、そういう事かな、ごめんね、変な話をして。」「あなたは色々と言うのだけど、即物的な人間だと思うのよ。利口なフリをしたり、思わせぶりな事は言ったり、そんな事しなくたってもう良い事に早く気がついて欲しいわ。」

夜、目が覚めると雨音がした。

Jazz The New Chapter 3 を読み終えたが、インディーズオーケストラ等の特集が面白く、また自身の興味と一致していた。しかし、これらを一人で菊地成孔はやっているので無いかとも思った。

ジムのモニターにて散歩番組を眺めた。市川紗椰が出演していたのだが、以前ガンダム展に赴き会場の前で傘を空に向けて構えたポーズをネットで見掛けて以来、ガンダムに似ているという印象が強い。

アルカジー&ボリス=ストルガツキーの月曜日は土曜日から始まるを読み終える。妖怪だ、魔術だと余り食指が伸びず読み進め難かった。しかし終盤、時間をテーマに繰り広げられる物語が殊の外面白く、諦めずに読み進めた甲斐があった。

商品券を消費するべく百貨店に赴いた。ビジネスシューズを買うつもりでいたのだが、靴のサイズと予算の問題もあり、結局何も買う事が出来なかった。百貨店を二、三件見て周って感じたのは客層の高さだった。二十代はまず見当たらず、五十代以上の夫婦、四十代以上の女性をよく見掛けた。他には目立ったのはアジア系の観光客だった。

仕方無く駅前の金券ショップにて換金した。九十四パーセント相当の換金率だそうで、当分の生活費にはなったものの、身も蓋も無い気分だった。

駅前では学生がマイク片手に何やら演説をしている。京都大学の学生らしい。安倍政権、公安、反戦記念日といった言葉が耳に入ったものの、信号待ちの時間では具体的な主張を理解する事は出来なかった。更に場所を変えると街宣車に乗った男性がマイクと台本を片手にソ連の満州と北海道への侵攻で女性たちがソ連兵に強姦された歴史を忘れてならないと語っている。喫煙スペースで煙草を吸いがてら聴いた事もあり、先程の学生の演説よりは話の筋を理解は出来た。更にその横では黒人がアフリカの学校建設の為の募金を聴き取り辛い日本語で呼び掛けていた。喫煙スペースを出て振り向くと、街宣車の下に浮浪者が寝入っていた。これはいわゆる世の縮図というものなのだろうか。「結果としてそういったものも解消されるのです。」「お気の毒ですが、それとこれとは話が別です。」と言った具合にイデオロギーは物事に対し包容力を発揮するか排除してみせてくれる。学生にしろ街宣車の上で語る男性にしろ、あの浮浪者を語るべき市民ないし国民とは見做していない。他方、俺に出来るのは意図して無視するか、多少同情する位が関の山というところで、せめて静かに眠らせてやれば良いのにと思う。

「朝、プールに行きたいの。」小さな子どもが母親に言う。「でも寒くなってママが風邪とかひいてたら連れて行けないね。」「そしたらパパを起こして連れて行って貰う。」「パパを起こしちゃうんだ。」母親は子どもの提案が意外だったのか笑いながら子どもの発言を繰り返していた。

遠くから祭の音が聞こえる。最近の週末は必ず外が騒がしいのでは無いか。その騒がしさに対し、部屋の静けさが際立つ。一体この部屋の主は誰なのだと思う。