平野啓一郎著『葬送』を読んだ。
平野啓一郎の新刊『ドーン』が発売される前に未読である『葬送』を読むことにした。
物語はフレデリック=ショパンとウージューヌ=ドラクロワを中心に、芸術、政治、そしてその生活を描いていく。
私はドラクロワについてはあまり知らない。『民衆を率いる自由の女神』は見たことがあった。ただし意識して見たのはDragon AshのCDジャケットに描かれたものだ。その時は格好良いとも思い、おそらく革命について描かれたものだと推測してCDジャケットにしては大仰だなと思った。
ショパンについては「ピアノの詩人」と呼ばれることぐらいは知っている。またショパンコンクールなるピアノコンクールがあることも。しかしそれも浅薄なもので漫画から得た知識である。
読んでみると、そこに描かれるものは芸術家たちの日常である。ショパンはピアノのレッスンをし、恋人であるジョルジュ=サンドとその子どもたちとの仲に思い悩んでいる。ドラクロワは制作活動によって酷使される体の疲弊、芸術に対する自らの怠慢を思惟していたりする。もちろん恋人との仲に思い悩んだりもする。
印象に残るのはやはりショパンのコンサートシーンであり、ドラクロワが自身の描いた下院図書館の天井画と改めて対峙し、圧倒されるシーンだ。この二つのシーンを読んでいる時、音も絵も実際は知らないのだが、人を圧倒させる何かに触れたような気分にさせられた。
他にもジョルジュ=サンドの娘ソランジュの夫クレサンジュの悪人振りと夫として丸く収まっていく姿には爆笑した。昔にも面白い奴がいたもんだ。ショパンの友人でありチェロ奏者のフランショームの人の良さには嘆息する。
またドラクロワとヴィヨ、その夫人によるカントの「判断力批判』にまつわる一節は、個人的には面白く読んだ。なるほど、芸術家たちもカントを読んでいるのかと。ちなみにカントは『判断力批判』において曰く「天才は学問に用はない。天才の活動は芸術の領域に限られている。」といっているそうだ。私は『判断力批判』は未読で、この言葉を知ったのはハイネの『ドイツ古典哲学の本質』を読んでだと思う。そうなら『葬送』という話は正に天才たちの話になるわけだ。
読み終わって平野啓一郎が『決壊』を書く前に人々の内面とその環境を設定した小説を書いていたのだと知った。それは複数の視点から見えてくる世界と登場人物の内面によって構築された物語。『決壊』に至るまでの過程にこういうものが必要だったというのは納得。
非常に長い作品だったが、興味深く読めました。
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