チェチェンへ アレクサンドラの旅

『チェチェンへ アレクサンドラの旅』を観た。
今回も相変わらず他律的な方法で、蓮實重彦が「群像」に連載している『映画時評』を参考にしながら書いてみる。

ロシア軍のチェチェン駐屯地に老齢の女性が孫を訪ねてやってくる。そして女性は駐屯地での数日間を、軍人の孫、他の軍人、チェチェン人との交流などに費やすことになる。なおロシアでは戦地の軍人に家族が会いに行くという行為は、実際に会えるかどうかは別として、珍しいことではないらしい。

女性を演じるのはガリーナ=ヴィシネフカヤである。撮影当時の年齢は80歳、今作で映画初出演である。彼女はロシアのオペラ歌手である。そしてその夫は世界的チェリスト、ロストロポーヴィチである。この夫婦はソ連を亡命し、アメリカで20年以上亡命生活を送った。その後ロシアに戻り、後身の育成、子どもの医療改善を目指すヴィシネフスカヤ=ロストロポーヴィチ財団を設立している*1

物語は老いた女性がバスから降りてくるシーンから始まる。そこで映されるのは主人公アレクサンドラの足、彼女の足がバスから舗装されていない砂利道に着地するところである。彼女の足は白く、老いているとはいえ、美しくもある。しかしそれは足だけである。彼女の上半身は、典型的なロシア女性らしく肥えているのだから。蓮實重彦はこの足こそがソクーロフの撮りたかったものだという。アレクサンドラの旅とは、足に対する試練であるのだと。確かに劇中、アレクサンドラは交通機関を使用する際も、チェチェン人の家を訪ねる際も、人の手助けなしには、足がままならないのである。そして蓮實重彦は続けていう。この足の試練による緩慢さこそがアレクサンドラ、そしてソクーロフの寛容さを表すのだと。寛容さ、ここでいう寛容さとは何を指すのだろうか。

アレクサンドラと孫との交流は、孫が度々駐屯地から出撃するために、断絶されている。アレクサンドラは孫に銃の撃ち方の教えを請い、部下たちを紹介しなさいという。孫はそんなことはどうでもよいことだという。しかしアレクサンドラはいう。私には重要なことなのよ、と。孫にとって銃を撃つこと、部下を持っていることは日常化したものである。そしてそれを祖母に語ることは、部下と共に戦場でチェチェン人を殺していることと同義である。またアレクサンドラにとってそれは、孫がチェチェン人に向けて銃を撃っていることを本人から直接、聞くということである。確かにそれは祖母にとって重要なことなのだ。

アレクサンドラと孫との劇中における最後の交流は、孫がアレクサンドラの編まれた髪を解き、結いなおすという行為によって終わる。この時、軍人である彼が、幼い時は祖母の髪を結うような少年であったことが判明する。果たして外国といえども男が女の髪を普段から結うことができるものであろうか。もしかしたらロシアでは男が女の髪を結うことが普段から教えられているのかもしれない。もしそうでないとしたらこの孫は繊細で優しい少年であったといえるのかもしれない。そしてそのような少年が軍人としてしか身を立てられないことは余りにも過酷というものだ。そしてロシアの男が普段から女の髪を結うことができるとしたら、駐屯地にいる全ての軍人が、その繊細さを持って過酷に生きているということになる。

アレクサンドラは孫が出撃している際、駐屯地を歩き回る。そして軍人たちと交流する。駐屯地は装甲車とヘリコプターが激しく出入りをしている。そして軍人たちは疲弊し、暇を持て余している。軍人たちは歩き回る老女を好奇な目で見つめる。あえて無視する者、声をかける者それぞれである。そんななか孫の上司にあたる軍人が彼女に声をかける。その会話においてアレクサンドラは訊ねる。破壊ばかりで、建設はいつ学ぶのか、と。軍人はその問いに、職業軍人なのだからしょうがない、と答えるだけである。

アレクサンドラは何もない駐屯地を出て市場に出かける。駐屯地を出る際、門番に煙草を買ってくるよう頼まれたりしながら。その市場は、休暇をもらって駐屯地を出てきたであろう少しのロシア軍人と、チェチェン人によってそれなりのにぎわいを見せている。アレクサンドラは自らに厳しい視線を送るチェチェン人、特に一人の青年に気がつく。しかしアレクサンドラをその視線を感じながら、門番の兵士に頼まれた煙草を求めて市場を疲れた様子で歩きさまよう。そして煙草屋を商い、ロシア語を解するチェチェン人女性マリカの元にたどりつく。疲れた様子を見たマリカは自らの横にアレクサンドラを座らせる。一息ついたアレクサンドラは厳しい視線を送ってきた青年についてマリカに訊ねる。マリカは青年について、難しい年頃なのだ、と答える。

未だに疲れた様子を見せるアレクサンドラに対してマリカは自らの家に来るよう誘う。チェチェン人の住まう土地では、家財を売り払ってでもお客を歓待しろ、という文化があるらしい。マリカのいうままについていって見た、マリカの住むアパートはロシア軍によって攻撃され半壊していた。それをアレクサンドラは神妙な面持ちで見つめる。マリカの住む家でアレクサンドラはお茶のようなものを振舞われる。アレクサンドラは一口すすってカップを机におく。お茶がまずいのである。ここでわかるのは、戦争によってマリカはその地の文化さえ十分に守ることができない状態になっているということである。

マリカはロシア語を解する青年をアレクサンドラに紹介し駐屯地まで送らせる。道中、二人に会話はない。駐屯地が目の前に迫ったとき、青年はアレクサンドラにいう。もう限界です、と。そんな青年にアレクサンドラは諭すようにいう。日本の女性はこういったそうよ、理性があれば、と。ここでいう日本の女性が誰を指すのか私にはわからない。ここで日本のことを引き合いに出すのは親日家のソクーロフらしさだなと感じた。

このようにして物語は、出撃する孫を見送り、市場で出会ったマリカや他の女性と再会の約束し、貨物車に乗り込んだアレクサンドラを映しながら終わる。
 
ここでもう一度蓮實重彦のいう寛容さについて考えたい。このように物語を振りかえってみたとき、その寛容さなるものは、単純だがアレクサンドラの足の試練に付き合える者たちに見出すことはできないだろうか。ただ注意しなければいけないのはその寛容さが、限界を迎えることがないという点である。感情的な、同情のような寛容さではなく、理性によって導かれ、抑制された寛容さ。果たしてそのような寛容さによって、戦争を終結に導くことができるものであろうか。少なくともソクーロフはそれを信じ、映画という表現でそれを示そうとしているように思う。

*1:参考「チェチェンへ アレクサンドラの旅」日本公式サイト:http://www.chechen.jp/index.html