抹茶の味

子どもの頃、お菓子等に抹茶の味があることに疑問を感じていた。
わざわざチョコレート等の甘いをお菓子に抹茶、苦みを加える必要があるだろうか?
家族が洋菓子の抹茶味を選ぶ横目に私は抹茶味のお菓子を除外して20代まで過ごすことになった。

テレビ番組で松本人志が唐揚げにレモンを掛ける行為について「さっぱり食べたいなら揚げるなよ」とツッコミを入れており、首肯したものである。

時を移り2016年、私は4月に発生した熊本地震の対応のため、ゴールデンウィーク期間中に熊本市に派遣された。
ゴールデンウィークの前半は熊本市内を周り、後半は内勤業務をしていた。
私は連日の業務に疲弊しつつも、多くの人が駆けつけてごった返しになったオフィスの熱気で、一種の躁状態になっていた。

そんななか、上司から大量のお菓子の差し入れがあった。
複数のパーティーパックのお菓子はなぜかシンプルな味のものがなく、抹茶味の洋菓子ばかりだった。
私は上司のセンスのなさに苛立ちつつ、小腹が空いていたのだろう、何気なく大袋からこぼれたキットカットの抹茶味の包装を破り、口に運んだ。
私は甘みの中の茶の苦み、不自然な苦みを感じつつも、次々と抹茶味のチョコを口に放り込み、手が止まらなくなっていた。

それ以来、私は抹茶味のお菓子を選ぶことにためらいが無くなった。
不自然な苦みすら今となって味のアクセントだと思えるようになった。
ただ甘いだけでは物足りない、苦みを好むようになった。

子どもが苦い食べ物を忌避する理由は味覚が純粋、大人が苦味を好む理由は味覚が麻痺している―松本人志はラジオ放送で放送作家の高須光聖からそんな説明を受けていた。


しかし、抹茶の味について書くはずが松本人志の思い出のような文章になってしまった。自分が一定の影響下にあったことは認めざるを得ず、思うままに記載した。


熊本地震から歳月が経過しましたが、今なお復興の歩みを続けられている皆様、そして困難な状況にある方々に、改めて心よりお見舞い申し上げます。皆様の歩まれる道のりに、平穏と心安らぐ時間が訪れることを切に願っております。