2022年3月の音楽

Raum『Daughter』


GrouperはLiz HarrisとJefre Cantu-Ledesmaのユニットである。Twitterやbandcampから知った。どこかうら寂しさがある。展開も意図して突っかかることは無い。そういったところに心地良さがある。心地良さ…音楽を聴く時、ある種の快感や快適さを表現するために使用している。一方でそういったものとは異なる意外さや驚き、不快感も心地良さに繋がる場合がある。例えば繰り返されるフレーズのミニマルな要素には心地良さがある。では、そのミニマルなフレーズに変化が無いものかといえばそうではない。フレーズが繰り返されるなかで徐々に音の高低や追加等の変更が加えられている。また、フレーズが繰り返される経過の中で、例え同じで音であってもそのフレーズに見出す印象や意味は大きく変わるかもしれない。アンビエントやミニマルな音楽の面白さはこのようなところにあるのかもしれない。

Immortal Onion『Ocelot of Salvation』


ポーランドのピアノトリオ。ジャンルレスな印象を受ける。ピアノが早く鳴るという疾走感は音の数が短い時間に多く鳴るために発生していると思われる。長い音の残響ばかりを聴いていると、時間の意味の無い長さのようなものを認識することになる一方、ただのこの一瞬の中に生の意味が凝縮されることを思い出す。長い長い時間を比較すれば100年もただの一瞬でしかない。短い生をその一瞬に刻むという行為は儚くも尊くて意味の無いことなのか。

Motohiko Hamase『Reminiscence』


濱瀬元彦のセカンドアルバム。You Tube等で視聴していたがbandcampにあることを知り購入した。美しさにも種類があって、完成されたものがある一方で変化するものがある。何も付け加える必要が無いもの、そういった完璧さは人を厳かにさせる。厳かになった後、厳かになった自分の真剣さに何か可笑しさのようなものを感じることもある。真剣さや厳かさを最も重要であると人は感じるものだから、稚気や隙は無かったことになったのである。

Ayako KATO 『Improvisations for human and violin』


ライブ等に行かず、ただただイヤフォンやパソコンから音楽を聴いている時、人が肉体を使用して楽器を奏でていることを失念してしまう。イメージは都合の悪いことを捨象するかもしれない。だからこそ芸術は敢えて痛みや不快感から生の実感を喚起する。我々は生きているのに生きていることを忘れてしまう。おそらく生はそうでもしなければ端的に苛烈であり、投影して省みる必要があるものなのかもしれない。