ほうかごのロケッティア

大樹連司著『ほうかごのロケッティア』を読んだ。
友人からライトノベルを勧められ読んだ次第。以前からこの友人にライトノベルを読めと言われていたものの、特に興味がある訳でも無いという状況だった。過去に「ブギーポップ」シリーズをやはりライトノベルを読む別の友人の勧めで読んだ事もあったが、それからライトノベルにのめり込むという事も無かった。最近、電子書籍で「生徒会の一存」を試し読みした話を友人にしたところ、本作を勧められるという事態になった。
携帯電話の電波が届かない南国の島、スクールカースト化した学級、厨二病でいじめによる自殺経験のある主人公が学園理事長の娘と契約を結びクラスのカーストをコントロールしている。しかしそこに黒髪美少女で元歌手の転校生がやってくる。彼女の登場によりコントロールしていたクラスのカーストに危機が訪れる。しかし彼女は携帯電話を常に持ち歩き会話を始めるという電波ぶり。ひとまず主人公はクラスの危機を回避し安心する。しかし転校生は主人公が厨二病の時、ひたすら痛い手紙を送り続けた相手であり、それに気がついた転校生は主人公に「この島にロケットがあると聞いた」と話す。彼女によれば、彼女が持つ携帯電話は宇宙から来た機械生命体であり、宇宙に戻る力が現在無い。この機械生命体を地球の衛星軌道上に戻す為にこの島に来たのだという。過去を暴露させない為に彼女を島に伝わるロケットへ案内する。しかしロケットは島の祭りに使われる祭事用のものだった。落胆する転校生だったが偶然にもそこで他の学校のロケット部部員と出会う。そして主人公は学園理事長の娘から彼女を再度歌手として復帰可能にするよう依頼される。主人公は携帯電話と話す彼女を歌手としてデビューさせる為にロケット部員と共にロケット制作に取り掛かる…。

ライトノベルを読んで驚くのは、漫画やその他ライトノベルの明らかなパロディと引用の多さ、そしてメタ視点である*1。「生徒会の一存」を試し読みした時も先行するライトノベル*2等の明らかなパロディが至るところにあり、ライトノベルを読む行為は非常にハイコンテクストなものだなと思った。本作も「オネアミスの翼」や「プラネテス」が引用されている。これらの作品は未鑑賞だったが、本作では主人公がその内容を解説しているので特に問題は無かった。ただし本作の参考文献や著者が本書末尾にて影響を受けたものとしてあさりよしとおの作品群が挙げられており、これらに親しんでいた為か読みに対するハードルの高さは感じなかった。一方、上記に挙げた通り、本作で引用される作品群は明らかに現在三十代以上の年代が親しんだものである事を鑑みると、若い読み手に取っては引用される作品の紹介になっている面とハードルの高さになっている面があるのでは無いかと思う*3

本書を読み終え釈然としなかったのは、ヒロインである転校生が持つ携帯電話が宇宙生命体であったのか、彼女が妄想していたものなのか、という事だ。
前述した通り、彼女は携帯電波の届かない島で携帯電話と会話をしている。本人によれば宇宙から来た機械生命体が携帯電話に形を変えているという。そして自身を宇宙に届けて欲しいという願いを叶える為に島にやって来た。ロケット制作の際には彼女は機械生命体の携帯電話からプログラミングの知識を得ているという。彼女が携帯電話を宇宙から来た機械生命体と話すようになったのは、歌手を辞める事になったスキャンダル―主人公が送っていた厨二病の手紙、その他の誹謗中傷が原因と解釈されており、彼女自身「メンヘル女」と自嘲する事から、彼女の妄想と解釈するのが妥当なのだろう。
しかし、彼女は元歌手の女子高生であるにも関わらず、機械生命体からプログラミング技術を得てロケット制作に携わっている*4
結局、この問題は本作のロケット制作の成功に伴う携帯電話の消失によって明らかにされない。
しかし、携帯電話が宇宙から来た機械生命体で、それが彼女の妄想であり、かつ彼女が高度なプログラミング能力を一時的に得ていたならば、端的に導かれる答えは、彼女が解離性同一性障害であるという事だ。
彼女のもう一つの人格である機械生命体は、宇宙に戻る能力が無くしてしまっているという。これは本作冒頭で主人公が彼女から突きつけられる、過去主人公が彼女に送っていた手紙のなかで自称した「メフィストフェレス」と対応している。つまり、彼女はスキャンダルで精神を患い、何度も送られて来た主人公の手紙から、もう一つの人格「宇宙人の機械生命体メフィストフェレス」を創りだしていた、という事になる。しかも彼女は、主人公=メフィストフェレスに出会ってしまった事を考えると、彼女の状態が破綻するのも時間の問題だったのかしれない。しかもわざわざロケットの為に島にやって来たものの、それは期待外れのものだったのだから…。
しかし、ロケット部は彼女の機械生命体(解離性同一性障害)とその願いを受け入れる。これによって彼女はその人格を他者に受け入れられ、かつもう一つの人格の願いを叶える/もう一つの人格の解放を意味するロケット制作に携わる事になる。
一方、主人公にとってこの事態は封印した厨二病の自分=メフィストフェレスが、彼女によってもう一つの人格として受け入れられた事を意味する*5。また、一度いじめによる自殺を行い、クラスのカーストをコントロールする事によって過去を無かった事にしていた主人公は、ロケット制作に携わる事によって彼女のもう一つの人格=過去の自分=メフィストフェレスを解放する機会を得たという事になる。これは彼女を歌えるようになる=ロケット制作を成功させる=彼女がもう一つの人格から解放されるという構造と同じだ。

以上、ヒロインを解離性同一性障害として置くことによって物語の構造が明らかになった。この物語はヒロイン(と主人公)をもう一つの人格(過去)から解放する物語だったのだ。ただ、主人公が他律的*6な側面、ヒロインの犠牲に成り立っている事が判り、いびつな感じも受ける。もちろん、主人公はロケット制作にのめり込むことによって、自らの意志で行動を始め、挫折しかけたロケット制作を主導するという成長を見せるのだが。また本作は主人公たちがロケット制作を終えた後、三十代になるまでのエピローグが用意されており、主人公とヒロインの行く末が描かれる。ここまで描く必要があったのかと正直驚いたのだが、主人公とヒロインの上記のような入り組んだ関係を見ると仕方無いのかもしれない。
正直ヒロインの携帯電話を宇宙人として捉える方が何かと楽だと思うのだが、ライトノベルの作法に於いてこの解釈は妥当なのだろうか?


ほうかごのロケッティア (ガガガ文庫)

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なつのロケット (Jets comics)

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まんがサイエンス (2) (ノーラコミックスDELUXE)

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*1:本作ではメタ視点的な描写は無かったと思われる。

*2:涼宮ハルヒシリーズ」等。涼宮ハルヒは漫画化したものを少しだけ読んだ事がある。

*3:ライトノベルに関わらず、色々な作品が先行する作品の引用で成立しているのだろうけど。それともそもそもライトノベルの読者層が十代~二十代という私の認識が間違っており、ある程度の漫画、アニメを親しんだ人々が対象だという事なのだろうか。

*4:ロケットを作る為に過去、もしくは現在で学習した可能性はある。また衛星軌道上にロケットを飛ばす為に必要なプログラミングの能力は私が思っている程、高度なものでは無い可能性もある。

*5:これは本作の二人の会話からも伺える。

*6:理事長の娘の命令で動き出す。