ラッシュライフ

 『ラッシュライフ』を観た。
 伊坂幸太郎原作、東京芸術大学企画配給。
 とりあえず伊坂幸太郎原作の映画はなるべく観にいくことに決めている。
 原作『ラッシュライフ』の内容はほとんど忘れていたが、映画を観ながらその内容を思い出していた。この映画は原作の内容についてはとても忠実であったらしい。しかしこの映画には伊坂幸太郎の作品における、良い意味での軽さはない。いかにして『ラッシュライフ』という物語を映像に、現実に移し変えるかということに力が注がれているような気がする。その点で映画『重力ピエロ』の原作への忠実さとは趣が異なる。『重力ピエロ』には確かに重い部分もあるのだが、原作の飄々とした雰囲気を映像化することが出来ているのだ。
 その原作へのアプローチの違いによって、『ラッシュライフ』という映画はどの映像にも緊張感があり、重苦しい雰囲気がある。こんな緊張感をまさか伊坂幸太郎原作の映画から感じるとは思わなかった。この驚きは夏目漱石の『夢十夜』を映画化した『ユメ十夜』以来のことだ。その緊張感と重苦しさはホラー映画を観ている感じと似ている。映画が終わって帰る時、客席にいた女性が「怖かった」という感想を漏らしていたが、それは理解できた。しかし、原作を思い出してみると、それは伊坂幸太郎の文章によって見えにくかった、登場人物たちが臨んでいる事の深刻さからくるのかもしれない。
 才能を認めてくれた画廊オーナーを裏切り実業家の下へ訪れた画家、新興宗教の暴走に巻き込まれる信者の青年、己のルールに従う華麗な泥棒、サッカー選手と不倫中の精神科医、同僚の代わりに仕事を辞めた男性、彼らがそれぞれ影響し合いながら物語は進む。伊坂幸太郎の各作品をまたいで登場する泥棒黒澤が唯一その重苦しい雰囲気の当事者ではなく傍観者として、少しこの映画で息をつかせてくれる。黒澤というキャラクターは、伊坂作品の軽い感じを、というか「正にフィクション」という設定のキャラクターだから、安心してみていられる。そんな黒澤を演じるのは堺雅人だ。この配役はかなり意外であったが、ありかもしれない。あまりにも綺麗すぎる配役ではあるのだが。気の強い精神科医を演じる寺島しのぶも良い。特に心の中で悲鳴をあげる時は演出の妙もあいまって一生忘れられないシーンの一つになった。このシーンに比べれば上記の信者が遭遇する神の解体シーンなんて大したことはない気がする(笑)。
 また撮影場所はどうやら横浜近辺?のようなのだが、この感じは同じ伊坂作品が原作の映画『アヒルと鴨のコインロッカー』を観た感想にも似ていて、その場所の特異性は特に感じなかった。都会と郊外が撮られていたなという感じ。
 とこれまで原作、他の伊坂原作映画と比較しながら映画『ラッシュライフ』について語ってみた。東京芸術大学が制作ということだが、上記の通り映像の緊張感、演出は過剰なくらい凝られていた。果たして観客に「怖かった」といわせたかったどうかは知らないが。しかしよくよく考えてみると東京芸術大学には黒沢清が教授としているわけで、この映画の「怖い」感じもそこにあったりして。
 伊坂作品から現実を取り出した、とても見応えのある映画でした。


ラッシュライフ (新潮文庫)

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