スラムドッグ$ミリオネア

 
 『スラムドッグ$ミリオネア』を観た。
 私は日本で放送されていた「クイズ$ミリオネア」が好きではない。理由は単純でみのもんたが嫌いだからだ。また知らぬ間に芸能人しか出なくなったのも気に食わない。一体芸能人に大金をやってどうするんだと冷めた目でテレビ画面を観ていた。
 『スラムドッグ$ミリオネア』は過酷な物語である。大金がかかった問題を、青年が身を削って経験した過酷な現実から、解答を導き出していく。
 過酷な現実とは、インドはスラム街の現実である。かといってそこにあるのは貧しさだけではない。そこには子どもが、人々が生活する場所なのだ。たとえそこが掃き溜めだとしても子どもたちはそこで、意識こそしないだろうが、生を謳歌するのである。しかしそこに宗教対立や、子どもを食い物にする大人たちによって、子どもたちはスラム街を飛び出すことになる。列車に乗り自分たちは知らない自国の文化遺産で外国人相手に日銭を稼いでいく。しかし少年はスラム街を逃げ出す際に助けられなかった少女を探すためにスラム街へ戻ってくる。
 少女を探す少年は昔逃げ出したいかがわしい施設の友人に出会う。金を集める為に目をみえなくされた歌うたいの友人は少年に、立派になったんだね、君は運が良くて僕は悪かっただけだ、といってのける。これが小さな少年が語る言葉だろうか。私はうんざりした、おそらく今もインドにあるその現実に。
 しかしこの物語は過酷な現実をみせつけるだけの映画ではない。そんな現実に生きる人々のたくましさもみせつける。それが少年の「クイズ$ミリオネア」への挑戦であり、ラストの踊りなのだ。そう、過酷であろうが彼らはインドで生きているのである。単純に貧しいだとか経済成長著しいなんていう語りよりよっぽど説得力がある。そんなインドを描いた映画だった。