2018年7月1日/直接には関係せず影響を及ぼす

ふと空を見上げると雲の合間の月が眩しい。

梅雨が明けた翌日の夕方、ランニングに出掛けると蝉の鳴き声が聴こえた。

駅のベンチの前で横になる男性と、男性を囲む警察官を車窓越しに垣間見る。

平野啓一郎の『ある男』を読み終える。長編ではあるが前作の『マチネの終わりに』より短編集『透明な迷宮』を読んだ時の印象を抱いた。おそらく、様々なテーマを巧妙に継ぎ接ぎしているのが短編集を思い起こした原因かもしれない。そして、ある種の不可思議さと不気味さを多く負っている事も原因だろう。本作においては、戸籍の交換が物語のキーになっており、物語の主人公とも言える弁護士はその謎を解く「探偵」の役割を担っている。なるほど、戸籍の交換は人間の存在の確かさを揺るがすものであり、不安や不気味さの遠因となり得る。
登場人物として不気味さを体現するのは戸籍の交換を仲介していた男性であろう。卑猥で差別的でもったいぶった台詞の数々は嫌悪の感情を抱かせてくれる。トリックスターとしての魅力は十分にある。
しかしながら、本作の不気味さの直接的な原因はこれらでは無いと思える(間接的な原因が別にあると言い換えても構わない。要は人生に対する考え方次第である)。それは自分自身と生活、「私の」人生そのものが日々の選択と選択とも呼べない言動により奇跡のように成立しているという事実である。それは普遍的で当然の事であるため、私自身、的外れな事を言っているのではないかと思える。
なお、以前に自らを客観的に証明する方法を考えていた時に読んだ橋本一径の『指紋論 心霊主義から生体認証まで』を本作を読みながら思い出した。