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2017年4月8日/病院受診と石原さとみ

桜の開花に無感動な自分を発見し、コートを脱いだ女性の身体のラインに心をざわつかせる三十代の春。こうやって言葉にすると唯のスケベなおっさん、傍から見れば助平親父、エロ親父になったのだなぁと感慨深い。そんな思案の四季を一巡りして、やっと桜が美しいと思える。

首と肩の痛みに耐えかね、整形外科を受診したところ、「姿勢が悪い。」という診断が下る。医師の指示通り、胸を張り、その中心に首を据えれば、確かに痛みは無い。待合室で何時間も待たされて得る答え。病院を出ると春の黄昏時、ビルがつくる影を踏みながら笑ってしまう。

花束を紙袋に入れ、座席に着いた女性が便箋を読み進める。表情は硬い。そんな事を思いながら、胸を張り、首をその中心に据えていると、女性が目元を指で拭い始めた。便箋の文字を足早に追う瞳、崩れ行く化粧、美しい情動。

女性と思う存分愛し合いたいと思う。

肌が荒れてしょうがないので、久しぶりに病院に赴く。医師を待つ間、電子カルテに表示された診断名は顔面性ざ瘡とある。ざ瘡とはニキビの事らしいので顔面にニキビがあるという、そのままの診断である。

待合室、カウンターの向こうに座る事務員の女性に欲情する。ニキビ面のおっさんが犬猫と同じように、思春期の老若男女の如く、心を乱している。全く馬鹿らしいと思うのだが、これが現実である。大学生の時分、友人と神保町を散策していると、アダルトショップでDVDを眺める老人を見つけ「ああやっていつまでも性欲を持て余すのかね?」と友人に問うと「そんなもんじゃないの?」という答えが返って来た事を思い出す。

あの時、傍に居た友人とはもう三年以上会っていない。連絡をしたが返事はもう無い。

物事を繋ぎ留めるのは容易では無く、散り散りに、最早それが何であったかも判らないところまで、分解されてしまう。認知は薄れ、音が連なる事はいずれ無くなってしまう。歳を取る度に記憶は間延びして行く。しかし、それしか生きる術は無く、意味を取り逃がして、漸く得られることがある。

燃え上がる情欲、怠惰、嫉妬、高慢、貪欲、憤怒、貪食、石原さとみ。

東京メトロで専らコスプレしている石原さとみ。過去の映像を編集した映像が流れ、遂に石原さとみの出番も終わりかと思いきや、そのままマイナビの石原さとみ出演の広告が流れ、もうええわっ‼︎となり、車内に逃げ込めば英会話イーオンの石原さとみの微笑みが待っている。何故、石原さとみなのか、私のグランパでチンピラに「一丁前に女の匂いがしやがる。」と言われていた石原さとみ。東京メトロの広告のキャッチコピーは「Find my Tokyo」だが、見つけるまでもなく石原さとみはすぐ傍にいる。

遺伝子改造、人体実験、環境汚染、社会的不公正、貧困、過度な裕福さ、麻薬中毒、石原さとみ。

建前、それはとても重要なものだと思っているのだが、なかなか言葉にならない。しかし、本音のみでは成り立たないことは誰でも判っているはずなのでは?確かに建前にはウンザリだという気分も判るのだが、本音を前提にした会話というのは、そもそも何も進展が無いのでは。そもそも現実と本音、建前と偽善は異なるはずだが。