そろそろ登れカタツムリ

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、深見弾訳『そろそろ登れカタツムリ』を読んだ。

森は深く広く誰も何も理解出来ずにそこにある。森に建てられた研究所を舞台にしたペーレツ編と森でさまよい暮らすカンジート編で本書は構成されている。実際本書が発表された当時、ペーレツ編とカンジート編は別個の作品だった。また発禁の憂き目や外国での無断出版等の問題でそもそも作品として発表される場が無く、ペレストロイカの後、一つの作品として発表されるに至ったという。

ペーレツは枕草子を題材にした「平安後期の女性の詩歌にみられる文体とリズムの特徴」というテーマを持った研究者らしい。彼は森に入る為に研究所を訪れた。しかし森に入る事は許されず、お役所仕事に従事している。滞在許可が切れ、研究所を離れようとしても引き戻されてしまう。所長に直談判しようにも誰も所長を見たものはいない。皆、研究所の不文律に支配され、そこから逃れる事が出来ないでいる。
一方、三年前に森にヘリコプターで入り消息を断ったカンジートは、研究所での暮らしを忘れてしまい、森の集落で暮らしている。森には集落が幾つか有りそこで人々が原始的に暮らしているらしい。彼らは、「死体」なる動くでくの坊や野盗に怯えて暮らしている。カンジートは森を抜けだそうとするのだが、気がつくとその決意自体を忘れてしまう。森を抜け出すにはそれなりの準備がいるらしい。しかしまた準備自体を忘れてしまう。やっと森へ出掛けるものの、野盗たちに襲われ計画はご破産になる。妻と共に森を駆け抜けると妻の母親たちが姿を現し、男は必要が無いのだと言う…。

ペーレツは研究所の何かに支配され途方にくれ、カンジートはただ森を警戒しながら歩いている。死体やら水の玉が森を跋扈し、誰もそれが何なのか判らない。カンジート編に登場する森の怪しげな住人たちの姿は、椎名誠のヘンテコSF的な要素があり楽しめなくも無い。官僚主義、人類とは別個の生態系ー未知との接触をモチーフにした不条理な物語という事になるのだろうか?しかしそれでは余りに月並みで、それだけの内容だとは思えない複雑さがこの物語にはある。尚、本書の題名は小林一茶の俳句「かたつむり、そろそろ登れ 富士の山」から取られており、冒頭に掲げられている。