2015年5月25日~2015年5月31日

早起きの為に朝焼けを眺める事になる。タイムラインを眺めればマジックタイムだと言う。確かに細かい事はどうでも良くなる美しさがある。もちろん、その程度の悩みでしか無いのだが。

好い加減、上着は必要無い。

自らが異邦人になったかのような異国情緒を感じてしまう。異国に行った時、目新しい人と景色を眺めれば、自らが何者であるかを問う事になり、旅を終えた頃には自分が何者かであるかをそれなりに確立するしかない。ティグラン=ハマシャンの楽曲を聴いていると、その確立までの戸惑いの中にいる気分になる。

外出する事になる。ただの小間使いなのは何年も変わらない。

さっさと帰ろうとしているところに偉い上司に声を掛けられ、適当に返事をしていたら食事の誘いを断ってしまった。これで一度大変な事になった同僚を知っている。後々問題になるかもしれない。しかしなるようになれば良い。

帰りの電車内でふと妄想をしていたら怒りに駆られてしまう。

同僚から預かった荷物を持ち、汗をかきながらCDショップを回る。買い物で気分が晴れる訳では無く、何をすれば満足出来るのだろうと嫌気が差してくる。

友人に勧められたベートーヴェンの運命とシューベルトの未完成を聴く。指揮と演奏は若き小澤征爾シカゴ交響楽団だ。二曲ともきちんと聴くのは初めてかもしれない。オーケストラの演奏が新鮮だと思う。

定刻で事務所を出ると公園の球技場で学生がフットサルを興じている。時折、女性も混じっている。微笑ましい光景だと思う。そして学生時代から随分遠いところに来たのだなと実感する。

外出先で大きめの地震に遭遇する。揺れと共に携帯電話がけたたましく鳴る。ブラウザでリアルタイム検索とウェブサイトの更新を繰り返し地震の情報を表示する。今生きているのは偶然に過ぎない、いつ死んでもおかしく無い、そんな事を改めて実感する。

小顔の目の大きい外国人を見掛ける。腕に淡い色の産毛を認め、無駄毛の処理はしないのだな、それはそれで自然なのかもしれないと思う。

同級生の女性を夢に見掛ける。内容はすっかり忘れてしまったが何やら懐かしくもあり、今更という思いもある。過去から立ち上がって来る事が最近多いと思う。というより、それ位しかすべき事が無いのかもしれない。

本屋でスタニワフ=レフの作品を何冊か購入し、短編集を読んでいるうちに眠ってしまう。

遠くに座っている女性から深みの無い香水の匂いが届く。もちろんあちらからお断りだろうが飯が不味くなるので一緒に食事はしたくない。

電話を取り次ぐまでの一息の合間、受話器から小さなため息が漏れ聞こえた。

フィリップ=グラスのグラスワークスはオープニングとクロージングのリフレインするピアノが殊更美しい。

色々なものを諦めなければならない頃なのだろうと漠然と思う一方で何を諦めなかったのかと自問した時、答えられるものが無い事に気がつく。

dCprGの、ロナルド=レーガンと題された曲を聴きながら家を出ると、駅前で共産党が演説をしている。この大統領は反共で知られ、俳優時代赤狩りに協力した。赤狩りに協力した映画関係者は今でも批判されているとWikipediaにある。ビラを受け取り目を通すと、五月に始った区議会に関する報告だった。区議会議員選挙以降、こういったビラを受け取るようにしているが、駅前で演説しているのは大抵革新系の候補者ばかり。保守系議員を選挙前後以外で見掛けた憶えは一度しかない。もちろん街頭演説が評価の対象になるのかと言えばそうでも無い。暇な時間を見つけて最年少女性候補者であり当選を果たした区議会議員をネットで検索したが、Twitterは選挙以降止まり、ブログのみ更新されていた。初めての議会、無所属の古参議員の質問の妙に素直に敬意を表し、行政への質問をするべく役所とミーティングを重ねている事を報告していた。私が知りたいのこういった過程であり、実は結果では無いのかもしれない。

ネット上の人生相談を眺めていると「物事を抜本的に解決しようとするのでは無く、日常の罪悪感を少しずつ消して楽になるべきでは無いか?」と回答があった。

喫茶店で一服していると同僚たちが現れ、壁に飾られた絵画を剥がして行く。事務所に戻ると喫茶店の絵画を同僚たちが壁に飾り始めた。一方、暗幕の中でパソコンを見つめる上司がいる。窓の外ではドローンが宙に留まっており、どうやら上司が操縦しているらしいと察する。

異国の列車に乗り何処かへ向かっている。異国の地は初めての噴火に見舞われ、それを珍しがった無知な人々は、街まで流れて来たマグマに逃げる事なく眺めている。愚かな黒人女性はどれ位の熱さかとサンダルを履いた足でマグマを堰き止めた。そのまま固まった女性は痛みに身体を仰け反らせ、そのまま倒れてマグマに身体を溶かしていった。

会社を終えての帰り道はいつもうんざりしている。帰る気力も最近は湧かない。

起きると腹痛に見舞われトイレの中で心底うんざりした。しかし腹痛からの復活は生の実感を感じる時だと語ったと言う大学教授の得意げな表情が思い出されて来る。

午前中は夜のイマイチな眠りを取り戻すべく本を読みながら眠った。起き抜けにスタニワフ=レムの短編を一つ読み終えた。泰平ヨンという主人公がSFを舞台に様々な価値観に遭遇している。

ジムに行く為に着替用の鞄を開けるとゴキブリが現れうんざりするが、外に出て鞄をひっくり返して外に放出した後、アルコールで鞄を拭く。しかしゴキブリというのは賢しい生物だと思う。神経だけでこれだけの行動力を発揮出来るのだから申し分無い。もしゴキブリが思惟出来るようになれば、その行動力と思考の葛藤で長い歴史に終止符を打つ事になるだろう。

ジムの最寄駅に降りたところでシューズを忘れた事に気がつく。一度改札を出た後引き返す。間違い無く人生の無駄な時間であるが、退屈を持て余した生産性の無い人生にとって何だと言うのだろうか。そうやって取り繕ってみるものの、やはり腹立たしい気分になってくる。

ジムが珍しく混んでいた。細い身体つきの女性と若いスタッフの持て余した贅肉のような会話を聞きながらトレーニング機器の順番を待つ。モニターを眺め、明日は雨が降るかもしれない事を知る。口永良部島のマグマ水蒸気噴火、イスラム国の特集を眺め、午後十九時頃トレーニングを終える。

食事の準備を終え、パソコンを眺めていると小さな揺れを感じた。直後の大きな揺れに動揺する。気持ちが悪い揺れ方だとタイムラインを眺める。速報値では小笠原地方の深い震源マグニチュード8.5とあり、震源が深い為に津波の心配は無いと言う。更に情報を収集して行くと二度の揺れはP波とS波であり、今回の地震は珍しい深発地震だと言う。

テリー=ライリーの In C の執拗な繰り返しはBGMとして捉えれば良く聴けるのだが、単独でそれに集中しているのは難しい。

朝の早い時間の静けさにこそ耳を澄ましたい。早朝を過ぎれば近隣の開け放した窓から数々の会話が聞こえ出す。読書に煩わしいと音楽の音量を上げるが、それこそ気を削いで行く。

三人の子どもを乗せ自転車を漕ぐ母親。後ろに座った子どもがはしゃいでいる。

浅い眠りの中、手に何か這っているのが判り、手を挙げると小さな蜘蛛が指の隙間から逃げて行った。

スタニワフ=レフの短編を読み続け、午前中に仮面という作品を読み終えた。読む事に気力が必要な作品だったのか、空腹に襲われる。シャワーを浴び、鞄を洗って干した後、自宅を出る。

空腹のもと、白日に晒され、耳許で鳴るチェロの音は目眩を誘う。袖と丈の短い服から細い手脚が伸びた少女たちが自転車で目の前を横切り、杖をついた老人が眼鏡の向こうから口を開けて辺りを窺う様を視界の端に捉え、路地に散った日傘を差した老人たちの間を縫い、黒い古びたスポーツカーの中で煙草を吸う男性の視線を避け、商店街の閑古鳥が鳴くアパレル店の扉を閉める少女の厳しい視線に晒される。

作った飯が生臭く不味い。

スタニワフ=レフの短編ベスト10を読み終える。仮面と宇宙飛行士ピクルスシリーズの一編が印象に残った。

読書と断続的な睡眠と流し続けた音楽の煩わしさの為なのか、単に室温が高いのか、身体が火照っている。