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メキシコ麻薬戦争

ヨアン=グリロ著山本昭代訳『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』を読んだ。
原題である「El Narco(ナルコ)」は麻薬密輸人を指す。メキシコの麻薬組織の話題はネットで時折見掛けており、その凄惨さには驚かされる事がしばしばである。しかしなぜメキシコで麻薬密輸を端に欲する凄惨な事件が起きているのか知る事は出来ない。本書はそれによく応えてくれる。ちなみに私が本書を手に取ったのは上記の通り、ネットで見たメキシコの麻薬組織に関する話題が主な理由だが、「ノーカントリー」とその原作「血と暴力の国」を観て読んだ事も影響している。

麻薬のルーツ、メキシコ政権の交代による新自由主義の到来、麻薬カルテル、麻薬カルテルと地元警察、連邦警察、軍の癒着、麻薬の文化と信仰、最後には麻薬合法化やスラム街に対する投資について言及しており、都市再生について環境整備の重要性やコミュニティの確立が成功した地域を例示し、また麻薬合法化は国連条約に違反しているものの、国際的な潮流等を鑑みれば一定の妥当性と成果が見込まれると著者は語る。

  • メキシコ麻薬のルーツ

メキシコの麻薬の起源はアヘン戦争まで遡る。1860年代、南京条約締結後、大英帝国の植民地政策によって中国人たちはケシの種を携え単純労働者として世界各地へ送られた。メキシコ、シナロアのマドレ山脈の気候はアジア産のケシの栽培に適しており、中国系移民のアヘン窟はカルフォルニア、ニューヨークまで確認されたという。アメリカ側は20世紀にかけてアヘン、コカインの蔓延を危惧し禁止令を出す。しかし中国系移民の麻薬ネットワークは既に確立され、アメリカとメキシコの長い国境で密輸は続いた。1920年代、アメリカが問題視したのは麻薬では無くアルコール中毒だった。1919年~1933年まで施行された禁酒法はメキシコ人たちがアルコールを密輸する契機となった。しかし禁酒法が終わるとメキシコの密輸人は新たな商品を探した。そこで中国系移民たちがアヘンとヘロインの密輸で儲けている事に目をつけた。アジア系移民たちへの人種差別的な風潮に乗って、中国人は追い立てられ、ギャングたちによって殺された。中国系移民は浄化され、メキシコ人は中国系移民のアヘンビジネスを乗っ取る事になる。その後、シナロアのアヘン生産は1940年代に謎の拡大に至りアメリカに密輸される事になる。

  • 武装化する麻薬カルテル

メキシコ北東部にあるヌエボ・ラレドはアメリカ禁酒法時代からの密輸ルートであり、アメリカのダラス、ヒューストンの発展に伴い交通の要地となった。ヌエボ・ラレドを縄張りとするのは禁酒法時代にアルコール類の密輸を取り仕切り、後に犯罪組織として発展したゴルフォ・カルテルである。ゴルフォ・カルテルのトップの座についたオシエル=カルナンデスはこの地域での権力の座を確立する為、メキシコ軍に目をつける。他のカルテルがメキシコ系ギャングを雇い入れたのに対しその上を行こうとした結果だった。オシエル=カルナンデスは麻薬組織制圧の為に派遣されたアルトゥーロ=グスマン=セデナに目をつける。アルトゥーロ=グスマン=セデナは世界の特殊部隊に訓練されたメキシコ軍特殊部隊GAFE出身だった。当初ゴルフォ・カルテルから賄賂を受け取り麻薬密輸に目をつぶる程度のよくある関係だったという。しかしアルトゥーロ=グスマン=セデナは、新政権の以降に伴い軍内部で要職に就く幹部たちが人権侵害や麻薬に関する汚職に伴う軍法会議の掛けられる状況から、除隊して傭兵となる道を選ぶ。アルトゥーロ=グスマン=セデナはオシエル=カルナンデスに指示に従い、特殊部隊GAFEと複数の部隊のエリート兵士をリクルートし除隊させた。彼らはGAFEが使う無線コードZにちなみ「セタス」と名付けられた。その後、オシエル=カルナンデスはアメリカの当局者を襲撃、降伏交渉も拒否しセタスの武力に頼む形になる。セタスは更に兵士、元警察官、地元のギャングをリクルート、オシエル=カルナンデス逮捕の為に派遣された軍とセタスは街角で銃撃戦を繰り広げる事になる。2002年11月、援軍を擁し問答無用の銃撃を許可された軍はアルトゥーロ=グスマン=セデナを射殺。2003年3月、隠れ家を強襲しオシエル=カルナンデスを逮捕するも降伏しないセタスと戦闘を繰り広げた。
オシエル=カルナンデス逮捕によってファレスから太平洋沿岸までを掌握していたシナロア・カルテルは北東部に縄張りを広げる。これによってシナロア・カルテルとセタスの抗争が始まる。シナロア・カルテルはエルサルバドルホンジュラス出身のギャング団マラ・サルバトルチャを雇い入れるが重装備で組織化されたセタスの敵では無かった。これによりメキシコのギャングたちはセタスの軍隊式の戦術を真似るようになる。セタスは収監中のメンバーへの禁止された差入を拒否されると刑務所職員を待伏せして拉致したのち殺害、任に就いて6時間ばかりの警察署長を殺害するに至る。一方、連邦警察、地元警察はそれぞれが麻薬カルテルと癒着し、拉致殺害に関与している事が明らかになって行く。
2005年、セタスはシナロア・カルテルの縄張りに入り込む。メキシコ国内で悪名を以て新兵を募集しつつグアテマラ陸軍特殊部隊カイビルの元隊員をリクルートする。ゴルフォ・カルテルはセタスに資金を注ぎ込む一方、セタスもまた自身で資金を得る為に恐喝によりマリワナ栽培者や売人から手数料を取るようになった。セタスは各地域でリクルートして訓練を施したメキシコ人にセタスの名を与え支部とするフランチャイズ様式の運営を始める。これによってセタスと各地域のシナロア・カルテルが衝突、抗争が激化。シナロア・カルテルもまた重装備化した組織を創設する。ネット上で目にする凄惨な死体の数々は、特殊部隊がゲリラを威圧する為に用いた心理戦を一つの起源としているのである。


訳者山本昭代氏によるサイト「もうひとつのメキシコ~麻薬カルテルと暴力の文化」
URL : http://aqui-yo.jimdo.com/

メキシコ麻薬戦争: アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱

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