2014年9月8日

SF作家の父に率いられ駅から車に乗って何処かに出掛けようとしている。車椅子に乗った母を押し車に乗り入れる。

布団で眠っていると横の布団から姉が起きる。姉なのか友人の姉のなのか判然としない。彼女が布団を捲ると姉の友人たちが三人パジャマ姿が現れる。俺はその光景を羨ましいと思う。

フロイトユングであればやはり家族関係の出現といえども性的なものに該当するのだろうと朝から退屈な考えが頭を過る。精神分析学的に問題無いとしても勘弁して欲しいという思いだ。

フェースリ「眠る二人の娘から去る夢魔」。開かれた日経新聞の紙面の狭間に揺れる小さな一枚の絵。新聞を読む女性の唇は赤い。

昼休みに再販されたアルカジイ兄弟「ストーカー」を購入するべく本屋へ寄る。蔵書検索して入荷されていない事を知る。

帰りに別の本屋を二軒はしごしてようやく「ストーカー」を手に入れる。

「この時間だと〈ボルジチ〉には客がいない。アーネストがカウンターの向こう側でグラスを磨いてはそれを明かりで透して仕上がり具合を調べている。ところで、これにはいつも呆れ返っているんだが、ここのバーテンたちはいつ来てもきまってグラスを磨いているーまるで、そうすることで魂が救われるとでも思っているみたいだ。そら、ああやって丸一日でも立っているに違いないーグラスを手にとり、目を細めて明りに透して見る、息を吐きかける、さあ、磨くぞ。磨いて磨いて磨きぬき、もう一度明りに透す、ただし今度は底からだ。そしてまた磨く……」アルカジイ&ボリス=ストルガツキー深見弾訳『ストーカー』より。

同年代の友人や同僚と話している時、「先が見えない」、「未来は無い」、「今しかない」という声を聞く時がある。これはある意味真理である。勿論、何かこの先起きるかもしれないという期待もその言葉には見出だせなくは無い。しかし、その言葉がどこか躊躇いのなかで吐露される時、彼らは自らの言葉で自らを引き裂いているのだろう。