幻のアフリカ

ミシェル=レリス著、岡谷公二・田中淳一・高橋達明訳『幻のアフリカ』を読んだ。
本書は、ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団の書記兼文書係であったミシェル=レリスが1931年5月19日~1933年2月16日の1年9ヶ月間を記録した公的な記録であり日記である。

ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団は、フランスの国家的事業として実施された。この横断調査がフランス民俗学に与えた影響は多いという。この調査団の目的は主に二つあった。一つ目は人類博物館に収蔵する民俗学関連の品々の収集。植民地化、文明化、キリスト教化によってアフリカの伝統的社会が変貌、祭祀道具等の散逸をフランス民俗学者は危惧していた。二つ目は地域の集中的調査。この調査団はドゴン族の土地であるサンガ*1にて1931年9月29日~11月19日、エチオピア北部の町ゴンダールでは1932年7月1日~12月5日まで滞在。これらの地はフランス民俗学の聖地となったという。ミシェル=レリスはエチオピアのシャーマンたちの憑依現象を観察すべく泊まり込みで生活した研究成果を『ゴンダールのエチオピア人に見られる憑依とその演劇的諸相』として残している。

ミシェル=レリスはパリ生まれの作家、民俗学者である。シュルレアリスム運動に参加するも同グループを脱退、親友であったバタイユが編集長と勤めるドキュマン誌に編集担当員として協力するなか、精神的危機に瀕し、同雑誌の編集担当員だった民俗学者グリオールの誘いから、治癒と再生の手段として調査団に参加する。著作として告白文学『成熟の年齢』、告白文学と民俗学を結びつける試み『ゲームの規則』*2、独自の闘牛論『闘牛鑑』、民俗学者として『サンガのドゴン族の秘密言語』、『マルティニックとグアドグループにおける諸文明の接触』、『黒人アフリカの芸術』、『民俗学に関する五つの研究』などがある。

上述した通り、本書は調査団の書記兼文書係が残した公的記録である。本来であれば客観性が担保されたものとなるのが常識的だ。実際、他の調査員たちはこの調査団の記録は残していなかったという。しかし著者レリスは公的記録を日記というかたちで、民族学的記述と共に主観的な、気怠さ、苦悩、夢、出版を想定した複数の序文、小説の構想を差し挟む。また、収蔵品の収集という名目で原住民たちから祭祀道具を脅し奪い盗み出した事もそのまま記載されている。フランス民俗学にとって本書がスキャンダラスな内容であった事は想像に難くない。

そんな本書を三ヶ月掛けて読んだ。何より長い。しかしなかなか人様の日記を読んでいくのは気怠くありながら癖になる。レリスの西欧社会・文明社会に対する苦悩、民俗学に対する疑義。旅に出る事もままならず会社とアパートを行き来する生活のなか、想像される熱気に包まれたアフリカ大陸。所詮私の想像力はステレオタイプの域を出るものでは無い。

  • 調査団は現地の使用人を解雇したり雇ったり、原住民の儀式の為の洞窟を探索したり割礼について調べる。
  • 旅の記録、日記。八十年程前のフランス人の日記。いつもと同じ、そんな事が書かれている。裸の原住民、呪術師。これはファンタジーでは無い。学術的に重要で、私的。それが原因で研究者から非難され、植民地支配を否定しているとしてナチスが発禁処分にした。
  • 原住民たちから祭祀道具を脅し奪い盗み出した事が描写されている。
  • 夢精の記述が登場する。レリスがなぜわざわざ学術旅団の公式な日記に夢精の記述をしようと思ったのか。夢精の記述の後に、裸のアフリカ人女性とセックスしない理由が続く。レリス曰くセックスは社会性や人間関係を剥奪していくという欲望であり、社会性や人間関係をアフリカ人女性に見出せないという事らしい。非常に自らの欲望を赤裸々に明かした文章だと思う。
  • 割礼を行った少年たちのペニスに群がる蝿、レリスの夢、部品足らずで走る車、出版を想定した複数の序文、ダカール・ジブチ横断調査はその行程の半分を終えようとしている。
  • 現在ザールと呼ばれる精霊の憑依者の家を行き来し、その様子を記録し続ける。
  • レリスはザールこと憑依を行うシャーマンを研究対象としながら途中、金を巻き上げようとする手管にウンザリするようになる。もちろん彼はそれを仕方の無い事だとも思っている。そうこうしていると出国のゴタゴタに巻き込まれながら、ザールの住む地を後にする。

以上のような文章を飽々しながら、しかし少しの好奇心に突き動かされながら読み終える。アフリカは遠い。


幻のアフリカ (平凡社ライブラリー)

幻のアフリカ (平凡社ライブラリー)

  • 作者: ミシェル・レリス,岡谷公二,田中淳一,高橋達明
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • 発売日: 2010/07/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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*1:現在のマリ共和国。

*2:第一巻「ビフェール」、第二巻「フルビ」、第三巻「フィブリーユ」、第四巻「力ないひびき」。