2014年6月15日

高架上を走る電車。四人用の座席に座っている。席を埋めた俺と三人の男たちはどうやら死んでいるらしい。男の一人が明後日の方向に顔を向けながら言う。「外を観てみろ。昨日の風景を映し出した。手前だけが東京だ。」俺は窓に顔を向ける。海と港湾の風景が映し出されている。下は海だ。俺は言う。「昨日の、まして手前が東京だと言う合成された風景なんて意味が無い。」と。

昨日に引き続き雲の無い良い天気である。タオルケットやら毛布を洗い干す。朝食の為に用意した鮭ハラスの缶詰が非常に美味で感動した。外で妙齢の男性と男の子の声が聞こえる。「来てくれてありがとう。」「うん、ありがとう。交通公園楽しんで来てね。」「今度木曜日小田急線の…」「学校あるでしょ?」「休むっ!」「休んでいいの?」「うん。」「また今度考えようね。」男性は原付バイクに乗り、その場を後にした。男性は母親の良い人なのだろう。少しすると男の子と母親は自転車に乗って出掛けて行った。

午前十時前、友人から電話が来る。「日本とコートジボワールの試合が始まるよ。」知っている。なぜなら俺はこの友人から試合開始時刻を教えて貰い、一緒に試合を観戦する予定を断ったのだから。試合が始まると電話は切られ、得点やチャンス、ピンチの度に外から歓声と嘆声が響く。ゴジラの事ばかり考えていると、友人から電話が来る。もう虫の息だった。試合の内容を聞くとドログバなる三十五歳の高身長ベテラン選手が途中出場、センターフォワードが二人になりマークが外れ、右からのクロスに合わせられ間も無く逆転されたらしい。外は静かになった。

スーパーに向かいがてら散歩に出る。公園のトラックではサッカーの練習が行われている。彼らはW杯の試合を観る事が出来たのだろうか?野球場の試合、ピッチャーの投げる玉が速い。少年が母親と自転車を漕ぎながら会話をしている。「脇だけ冷たい。」奇遇なもので俺も脇だけが冷たい。挙句シャツの下にインナーを着ていなかったので汗染みが浮いている。少年の脇汗と三十代を目前にした男の脇汗、これはもはや別のものであろう。スーパーに向かうと商店街の一部が取り壊しの為、閉店するという。その後の工事予定の看板を眺めると賃借用アパート会社の名前が記載されている。バイト先の先輩、高校の同級生がこの会社に勤めていると聞いた。高校の同級生曰く「建築場所を探す営業」なのだという。正に彼らの仕事の結果がこれなのだ。そこに開店しているのかどうかも判らない店があった事は直ぐに忘れ去られてしまうだろう。スーパーで既に加工されたサーモン等を買う。会計を済ませ、袋に商品を詰めていると女子中学生二人と男子中学生が戯れている。女子中学生同士が「大好き」と言い抱き合う。男子中学生は苦笑いを浮かべている。八百屋の軒先に立てられた簾に夏の気配、堀の向こう、高校の校舎内の廊下に貼られた賞状の数々と「定期考査時間割」の文字、体育館から響くシューズが床に擦れる音。取り返しのつかない出来事が、俺にも彼らにもあって、また生まれている。陽射しに照らされ、静まりかえった住宅街。バラバラになった記憶が澱になって沈んでいく。

小野俊太郎ゴジラの精神史」を読み終え、北条かや「キャバ嬢の社会学」を手に取る。面白さとコンパクトにまとまった内容の為か読み終えてしまう。