2014年3月11日~2014年3月18日 6

title:待ち合わせまで
subtitle:喫茶店の40分間 2014/3/16

二度寝してまた夢を見る。以前の職場らしいがそのオフィスに見憶えは無い。新しい社員だろうか、見知らぬ女性が俺に質問する。俺が辞めた際に引き継いだ仕事について問題があるらしい。今更一年も前の仕事について尋ねられても答えられるはずが無い。以前の上司はどこにいるのだろう。雑然としたオフィスを見回す。以前の社員たちの気配を感じられるものの姿は見当たらない。

植栽を剪定する鋏の音が聞こえる。雨戸を開け室内に陽を入れる。部屋に舞う埃が立ち上がる。煙草を吸い、洗濯をする。洗濯機の騒音を部屋越しに聴きながら布団に入り読書をする。レム=コールハース「錯乱のニューヨーク」。ニューヨーク、マンハッタン、摩天楼の歴史と発展が描かれている。

メールが届く。待ち合わせに遅れるという。遅れる時間さえ記されていない。もう一人の友人にメールするも返事が無い。嫌な予感しかしない。
案の定、四十分遅れるとメールが届く。それは今から家を出るという事ではないか。全く以て馬鹿らしい。既に俺は電車に乗っているというのに。

隣に座った細身の女性に目が行く。ベージュのジャケットに黒のチノパン。隙の無い服装でどこへ向かうのか。待ち合わせ場所に誰もいない、そんな状況では無いのだろう。

駅を出ると広場に巨大なオブジェが設置されている。名前が思い出せないが、巨体を売りにしたゲイのエステ広告だ。その巨体の上半身を三倍にしたオブジェを背景に記念写真を撮ろうと多くの人が並んでいる。全員が着くまでまだ時間がある。仕方なく喫茶店に入って時間を潰す事にした。本を持って来なかった事を後悔する。

ひたすらiPhoneに入力を続けている、繰り返される風景、背景、BGM、バールジャムのファーストアルバムの演奏が終わる。蓮沼執太フィルオーケストラ「時を奏でる」を耳許に流す。喫茶店のBGM、会話、カップとスプーンが接触した音は、JAZZ、耳に優しい言葉、カチンとも聴こえない。

陽の光に照らされ埃が立ち上がる現象をコロイド現象と呼ぶ。高校の化学の授業で習った用語だ。日常で見知った現象に化学的な説明が与えられている、その事に俺は感動したのだった。自然現象を科学によって解体し征服する近代合理主義の喜びを、二百年先の、東洋の高校生が驚き以て迎えている。誰が想像しただろう?いやそれこそ科学が望んでやまない事だったはずだ。期末試験の穴あき問題にコロイド現象という言葉で無理矢理埋めた事も想像しなかったろうが。

室内の狭さを隠す為に設置された壁の巨大な鏡。そこに映し出されたのたわいない風景だ。談笑に弾む男女、脚を休める中年の夫婦、昼食の代わりにサンドイッチを齧る母と娘、背広姿の男性と仕事の話する優男、買ったばかりの本に見入る女性、思い思いに自由に、否定しようも無く自由であるはずなのに、なぜそれを自信を以て語る事に躊躇いがあるのか?

友人たちが喫茶店に現れる。久しぶり、であるはずなのに、おそらく語る事は既に決まっており、そしてその通りに語られるのだろう。誰かの言葉、垢のついた言葉で。しかし、それを期待して止まない。