2014年3月11日~2014年3月18日 5

title:大学
subtitle:死の為のリハビリテーション 2014/3/15

二度寝から起き、雨戸を開ける。一度起きた際に天窓から陽が入り込んでいた事は判っていた。今日は良い天気なのだろう。雨戸を開けると作業着を来た男性が煙草を吸っている。不意に顔を合わせてしまい挨拶の言葉を口にする。雨戸をしまい、昨日の強風の為に縁石に置いていた物干し竿を掛け直し夜に洗濯した衣類を干す。男性は気まずかったのかアパートの敷地の前に移動している。おそらくアパートの植木の剪定をしている業者なのだろう。この一週間、アパートの敷地内に大きな脚立が置かれていたし、植栽に目をやれば綺麗に形を整えられている。

ジムに行く。通い始めて三ヶ月になる。それまではランニングを一時間程していたが膝に痛みを感じる事が多くなった。エアロバイクでもしてみるかという軽い気持ちで通い始めた。月々の支払は七千円、この出費は大きい。貧乏性なのが幸いして雨が降ろうが雪が降ろうが休んでいない。

昨日から友人たちからメールが着ていた。珍しく週末が予定で埋まった。一件は以前から約束していたもの、もう一件は思いつきだろうが付き合う事に決めた。二件とも久しぶりに会う連中、連中という位で女性が含まれていないのが残念な感じである。

父親の運転でどこかに向かっている。父親と俺はスーツを着ている。何の為の正装なのかは判らない。母と姉も同乗している。道路工事中のT字路でガードレールに車が接触した。
「擦れてるよ。」
父に指摘すると判っているとハンドルをゆっくり左に切りながら答えた。車はガードレールに擦れながら左折した。

ジムではストレッチをした後、トレーニング機器を使って筋トレをする。筋トレをしたあとは一時間エアロバイクに漕ぐ。ジムには六十代以上の男女が多い。ランニングマシーン、ウォーキングマシーン、エアロバイク、一方向に向いた器具でひたすら運動し続ける人々を見て連想するのは、ありきたりだが、カゴの中のモルモットのそれだ。トレーナーに従って固まった筋肉を解きほぐし、破壊し、再生させようという試みは老人のリハビリだ。筋肉を強調させる、重量に逆らう男たちのナルシズムの発露。運動は介護への訓練であり、介護への訓練で得た筋肉が披露される。

待ち合わせ場所を変えようとメールが届く。家から出る一時間前とは急な話だが問題無いと返事を送る。
外に干した洗濯物を一度手で払って取り込む。植栽を剪定する鋏の音が聞こえる。窓から乗り出して横を見ると木々の枝が散っている。風は弱い。

柔らかなスカートとニットを羽織った女性が電車に乗り込んでくる。淡い金に染められた髪は覗き込んだスマートフォンに向かって垂れている。大きなキャリーバッグを引いた外国人が向き合って微笑んでいる。
待ち合わせ場所は大学だが、通勤経路と変わらず電車の乗り換える面白みがない。どこか、中央線でも西武線でも、東武線でも、ひたすら山の方へ、終点まで、ぼんやりとしていたい。

気がつくと路上を歩いている。車はどこかに置いたのだろう。父と母と姉たちが前方を歩いている。これからラーメン屋に行くのだという。なぜラーメン屋に行くと言うのだろう?この正装の意味は?父が走り出す。スーツ姿で汗をかきたくないと躊躇いながら父を追う。

久しぶりに訪れた大学の新設された校舎が眩しい。新校舎の前で記念撮影している女性たちがいる。手に持ったフライヤーには「経営学部××ゼミOBOG会」とある。久しぶりの再会なのか、真新しい校舎を背景に記念写真を撮っている。在学時代から変わらない喫煙所で一服した後、待ち合わせ場所の銅像の前のベンチに座る。雲一つなく陽が眩しい。あと15分遅れると友人からのメールが届く。

空きスペースでストレッチする。手首に掛かったロッカーの鍵を見つめる。隣では五十代を過ぎている男性が女性トレーナーを伴って器具を使いストレッチしている。床に転がって「汗かいたぁ。」と呟く声が聞こえ、笑いを誘う。意識をストレッチに集中させる。肩周りのストレッチ、アキレス腱、膝裏、足裏。器具にうなだれた中年男性の隣で器具を操る。モニターには回数とスピードがカウントされていく。運動を促しているのは俺の意志なのか、器具なのか?

ラーメン屋は中国人の女性が営んでいるものだった。父と母は久しぶりだと喜んでいる。確かに家族でラーメン屋に数年振りではないかと思う。大して美味しそうにも見えないラーメンが運ばれるが、俺は最後まで納得がいかない。

待ち合わせ場所に友人がやって来た。あと十五分待たなければならない。友人はここが眩し過ぎるという。大した事ないだろうと答えると、基本インドア派だからと返ってくる。彼の瞳の色は薄く淡いのだろうか。ちょっとバイト先だったところに挨拶してくると言い、彼は消えた。イヤフォンをしまい、ベンチに寝転がる。三月だというにの校内では人の出入りが激しい。陰った木の枝から見える青空、目をつむりマフラーで鼻まで顔を隠す。今日は良い天気だ、とても。

校舎を見て周る。遅れて来た友人が呟く。
「大学って贅沢な場所だ。」
校舎を出て食堂チェーン店に入り、話をする。
「××君とか結婚してそうじゃない?」
俺と友人はその一言に一瞬固まる。そうか、久しぶりに会った友人たちにはまず彼がこの世に居なくなった事から説明しなければならない。
「××君は自殺したんだよ。」
初耳のそれに相槌を打つ友人、続けて知り得る事を、亡くなったという事しか知らないという経緯を、説明する。

大西巨人が亡くなったというニュースを知る。代表作は神聖喜劇なのだろう。地獄篇三部作なる連作小説を読んだ事を思い出す。

話が進むにつれ、学科の友人たちの名を挙げて行く作業に熱中していた。紙ナプキンに知り得る同級生の名を挙げていく。顔形を思い出せても名前が思い出せない時は適当なあだ名をつけいく。卒業式後の謝恩会出席名簿のメールをログから取り出して答え合わせをしていく。それでも一致しない幾つかの名前と記憶の中の同級生たち。紙ナプキンに記された鉛色の名前たち。
大学では今もこれからも俺たちが生まれている、きっと、たぶん。と呟けば友人が指摘する。
「何を語っているの?絡みづらい。」