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詩人の消滅(2013)

大晦日、この言葉を聞くまで12月31日にそんな名前があった事等忘れていた。知らなかった事にして今日をやり過ごせばよかった、そんな気持ちである。
この一年を振り返ってみれば、仕事を変え、とは言っても内容には変わりなく、知ったような態で毎日の仕事をこなしていた。
特に私生活にも変化は無く、土日に走りに出掛け、気が向けば映画館へ、自宅で読書を、という生活をしていた。夏が終わると左膝に痛みがあったので、ジムでエアロバイクに乗る事にしたのが12月の出来事。

映画で印象に残ったのは、「横道世之介」や「ゼロ・ダーク・サーティ」の結末部分だろうか。先の事など誰も判りはしないが、今している事がつながっていく、つながってしまう、という事態は、おそろしくもあり、たのしみでもあり。

読んだ本では、「海炭市叙景」、「映画を見に行く普通の男」、「女の子を殺さないために」が面白かった。そういえば村上春樹色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は今年の物語だったのかとも思う。遥か昔の事のようだ。

どうやら今年の出来事として憶えているのは半年位前までであり、あとは思い返すより、思い出すのを待つしかないのだと思う。

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コントローラーを握り、森に入る。突然声を駆けられ足を停められる。
「金目の物を置いていけ」
やなこった、「断る」をセレクトしていざ戦う。
取り出した二刀のダガーで男は八つ裂きになる。
死体を物色し、腹いせに下着一枚にしてやる。更に死体を嬲って捨て置く。
これがこの世界だ。

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ここ二三日、スパゲティばかり食べている。具材は玉ねぎとベーコン、にんにくもあったがもうそれも使い切った。味付けは塩、ケチャップ、醤油と色々試してみたが、いいかげんに飽きた。食費の節約もいいかもしれないが、極端な事はしない方が良いのだなと思った。
さてパスタを茹でるといえば、私は村上春樹作品の登場人物を思い出す。登場人物たちはパスタを茹でる描写がよくあると思う。実際どのくらい村上春樹の作品でパスタが茹でられているか判らない。しかしその印象は強い。日常の出来事としてパスタを茹でるのは造作も無い。鍋に水を張り塩を放り沸騰させパスタを突っ込めば良い。お湯の温度、塩の量、茹で加減、気にする点があるだろう。しかしそれだけなのだ。

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Excelの空白に数字を入れ続ける。ただ数字を電卓で叩き続け、叩き潰す。束になった書類に憐れみを、誤字脱字にはご愛嬌。

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電車の中、駅のホームの中、気がつけば、合皮の靴から響く音とイヤフォンから流れる音しか聴こえない。

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ビールを飲んでいる。同僚は友人と会えば「身体が丈夫か」と尋ねるらしい。そんな馬鹿な質問があるだろうか。
ジムでエアロバイクを漕ぎ続ける。モニターでは芸能人がプラプラと街を歩いている。あるいは年末の番宣が延々と流れ続けている。
視線を移せば、ランニングマシーンに足を叩きつける人々が目に入る。窓の外はカーテンで見えない。人というより動物、肢体は物体として浮かび上がるかのようだ。
動物、ピーター=シンガー、連想ゲームが続く。
耳許ではポリリズムに合わせて詩の朗読が続く。
ひたすら漕ぎ続ければきっとどこかへ行ける。
もちろんそんな事はありはしない。
ここはジムだ。

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並び順をすっぽかす男女がいたので正義感で彼らを止めると周りにいた生徒が悲鳴を上げる。女はこちらをじろりと睨む。耳が聴こえないらしい。肩に載せたオウムに十二番の虹のカードを見せる。オウムはカードに縋りつくという夢。
失職してロンドンで運良く住む場所と仕事を見つけるのだけど、市場で安いジーンズを買おうとしたら以前の職場の子供連れの上司に会い「何でこんな所にいるんだ?さては今の職場は寿司屋だな」という夢。
Googleアースで中東を拡大すると上空にパイプラインが見えるという。確かに雲の中に無数のパイプラインが見える。しかしこれでは航空機には邪魔でしょうがないと思うという夢。
気がつくと黒い小さな飛行機に乗っている。隣に座る外国人男性は500mlペットボトル位の大きさの端末を両手に抱えている。外国人男性は俺がiPhoneで音楽を聴いているのを見ると何かを言っている。別の座席に座る女性の声だろうか、「彼の端末にイヤフォンをかざして」と言う。外国人男性の端末のマイク部分にイヤフォンをかざすと聴いていた音楽の音を拾い、端末そのものから音楽が流れた。端末のディスプレイにはアーティスト画像が表示されている。外国人男性はこれは誰が演奏しているのだと尋ねてくる。私は記憶を頼りに応える。「あなたが住んでいるアメリカのドラマのサウンドトラックだ。」私はiPhoneの曲目情報を確認して続ける。「US 犯罪(US Tide)というドラマで、アーティストはDisappearesという男性二人組のユニットだ。」外国人男性は少し考えていたが、判らないようで「俺は知らない。マニアックな音楽を聴いているな」と笑っていう。私はアメリカでは有名なアーティストだと思っていたので彼の発言を意外に思う。飛行機は経由地で少しの客を降ろすとまた別の場所へ向かう。外国人男性は空いた席に移動して何やら作業をしているようだ。プラスチックのゴミを機内に放っていた。
ある湖に飛行機が着陸する。外国人男性が降り、他の人々も降りて行く。飛行機が発車しようと湖を動き出すとヒジャブを身につけた女性が飛行機に駆けつけ「私の財布が無い」と頭を抱えている。誰かが外国人男性が作業していた席から何か見つける。プラスチックのようなゴミだ。ヒジャブを身に付けた女性は「それは私の財布の一部分よ」と語る。何故プラスチックの財布なんか使っているんだと訝る私を差し置いて飛行機は止まり、湖の上を滑りながら向岸を目指す。ヒジャブを身に付けた女性は客たちと会話を続け、ある結論に至ったようだ。「ああ、あの席には爆弾が仕掛けられている」「爆弾を見つけなくては」「でもきっと見つけられない」「あの男性が爆弾を仕掛けたんだ」「早く飛行機を降りなければ」「きっともう間に合わない」外国人男性への怒りと早く飛行機を降りたいと焦った私は飛行機の窓ガラスの隙間から身を投げた。身を投げた私の身体が地面に着地すると同時、黒い飛行機の乗客たちは私を見つめながら、爆発した。爆発は思いのほか激しく、私もやはり爆発に巻き込まれて死んだという夢。

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詩人が消えた。この世から消えた。
詩人の身体は点滅しない。
反射するだけ。
赤く、黄色く、青く、紅潮した頬、黄色人種の肌、夜風に浮かぶ冷め切った手が浮かぶ。
データは漂っている。TwitterfacebookYouTube、検索窓の向こう側で、限りなく無限に、果てしなく雑多な場所で、句読点から、文節から、単語まで。
束ねて集めれば姿は見える。
しかしそこには誰もいない。居場所を尋ねるものもいない。
藪蛇だからと、野次馬だからと、よくある事だからと。
失踪宣告は裁判所が、適当な認定だと誰もがいう。
ご近所は、家政婦は、猫は、犬は、知っているから。
多額に掛けられた生命保険は裁判所のお墨付きで欲深い誰かに払われた、被保険者だの、契約者だの、成年後見人だの、三親等内だの。
五月蝿い事も煩わしい事も誰もが知っている。
実際のところ、誰も知らない、本人しか知らない。
網の目の掛からなければ、BOTが走らなければ、誰かが伝えなければ、消えたという認定が下ってしまう。
詩人は消滅するものだ、いや、消滅しなかった詩人などいやしない。
手を握れば皮膚の下で蠢く筋肉と骨が、力が行き場を失い閉じ込めれられていく。
どこへ、海の底か、地中か。
もういい加減にしてくれ鬼ごっこもかくれんぼも終わりだ。
例えみつかっても死体だ。骨と皮だ、消えなかった人類などこの世にいやしない。
いつも消える。
いつか土に還る。
四人で麻雀。
視認で口無し。
死人の消滅。
かくして詩人の消滅。