光るふともも

そういえば光る太ももの話をご存じですか?私は偶然にも見たことがあります。
あれは二、三年位前の事でした。
私は同期の社員と一緒に神奈川県のある道路を計測する仕事をしていました。
夏の日の事でしたから、ワイシャツに汗が染み、転がすコロは原人の通貨のように重く、メジャーは錨の如く、私を路上に停留させました。
やっと計測を終え、私たちは次の目的へ向かいました。
車の中に夏の陽射しが差し込み、私と同期は顔を歪めながら目的地を目指しました。
ナビの案内に従い、私たちは住宅街に入りました。
しかし目的地近くになるとナビは案内を辞めてしまいます。
目的地は整形外科でしたが、住宅街にある小さな病院だった為、見つけ出す事がなかなか出来ませんでした。
私たちは外の暑さを思い、車から降りて目的地を探す事を嫌がりました。
何度も同じところを車で通りながら、私たちの苛立ちは、車の中を満たし、肩に重くのしかかりました。
そして午後の陽光が目と肌を刺しました。
そんな時だったのです、私たちの目の前に黄金の海原、頭を垂らした小麦、眩く優しい光が包んだのは!
それはどうやって現れたのか?
驚くなかれ原付に乗って現れました。
頭(こうべ)には春の桜の如くピンクのおしゃれヘルメット、眼差しは丑三つ時かの如くサングラス、御身は柔らかなシルクに包まれ陽光を反射していました。
しかしその太ももは、青き衣(ショートジーンズ)から生まれ、そして生まれたまま白く、そして午後二時の夏の陽射しをその一身(とは言っても太ももですが)に受け、周囲を光で満たしました。
私たちは息を呑み、その光に包まれ、英雄たちが日夜饗宴を行うというヴェルハラの館の門を叩いたのです。
世紀の英雄たちとの祝杯に酔い、その館を出た私たちを迎えたのは、フロントガラス越しに目と肌を刺す陽光、皮膚を乾燥させんとばかりに唸るエアコンの冷風でした。
原付に乗った女性は私たちの視界の先を颯爽と走って行きました。
私は同僚に尋ねました。
「見ましたか?」
「ああ」
「輝いていましたよね」
「ああ」
「尋常じゃなく」
「ああ、尋常じゃなく…」
私たちは口を噤み、車内に沈黙の帳が降りたのでした。


Twitterより加筆訂正して転載。