作家性と大衆性『サマーウォーズ』

サマーウォーズ』を観た。
とても面白かった。ああ、これ、学生時代に夏休みとかで観たら最高だろうなと思った。
そして細田守が「おおかみこどもの雨と雪」の前にこういった作品を発表していたという事が重要だったのかなと思った。
細田守の作品に対して絶賛ばかりしているような気がする。やはり誰もが観て楽しめるという作品は素晴らしいと思う。
誰もが観て楽しめるという点に注目しているのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』を観た事や、平野啓一郎の最近の小説を読んでいてリーダビリティについて思うところがあるからだ。
リビルドされた「エヴァンゲリヲン」シリーズはエンタメとして非常に楽しめるものになっていたが「Q」にて旧エヴァンゲリオンを彷彿とさせるものになっていた。
一方、平野啓一郎の小説はデビュー作『日蝕』から最新刊『空白をみたしなさい』ではリーダビリティが高く娯楽性が高いものになっている*1平野啓一郎のインタビューや対談・鼎談等を読む限り、彼は新たな読書を獲得する為に、作風を更新し続けている。
作家性と大衆性の問題と簡潔に言う事も出来るかもしれない。もちろん様々な要因があり得る問題だ*2
とはいえ、色々映画やら本を楽しんでいる自分はどうやって作家性とか大衆性を楽しんでいるのだろうと考えると、見るなり読む前に大体検討をつけている事が判る。例えば「ガンダムだからちょっと小難しい話が出てくるだろう」とか「この監督の作品は大して何も起きないだろうから退屈なところもあるだろうな」と。で、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』については「エンタメで楽しめるだろうな」と思って観に行ったところ「あれ」と思った*3
作家性と大衆性という問題がとても古臭い感じがするのだけど、娯楽が増えたなかで作家性だけで作品を世に問うのが難しくなり*4、今改めて問われているという事なのだと思う。

本作を観て思ったのは「俺も高校時代に夏希先輩みたいな人と田舎に行ってみたいなぁ」でした。しかしいきなり実家に行くとか、しかもよく考えると初めて会うかもしれない曾祖母や祖母や夏希先輩の両親に婚約者であると紹介されるって罰ゲーム以外のなにものでもないでしょう。


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*1:特に『ドーン』ではSF作品としても充分に楽しめる。

*2:マーケットの中に作品を位置づける(村上隆)等

*3:作家性とかそういう問題なのかも今のところ判らない。

*4:サブカルチャーのカルチャー化