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今年はキルケゴール生誕200周年

一人暮らしを始めて以降、クリスマス・大晦日・元旦と年末年始らしい暮らしをした記憶が無い。
むしろ年末年始ほど規則正しい生活を送っている。
新年はいつも通り翌日を迎える事に他ならない。
しかし、新年になり世の中を変化を迎え入れる。
例えば今年はキルケゴール生誕200周年、ワーグナー生誕200周年との事。
私はキルケゴールを読んだ事は無い。しかし大学入学する以前は実存哲学というものに非常に親しみをおぼえていたように思う。
大学入学後、キルケゴール自体は自身の哲学を実存哲学とは称しておらず、「実存しながら考える」と言っただけだと教員から聞いた。
またキルケゴールショーペンハウアーを読んだらしいが「ショーペンハウアー自身が自己の哲学を実践出来ていない」と批判的だったと何かの本で読んだ。

キルケゴールの主著は『死にいたる病』である。
ある日、経緯を忘れたが母親に「死にいたる病」とはどんな病なのかと尋ねられた。私は正直に「知らない」と答えた。
母は、たまたま買い物、借りた本の返却がてらだったのか図書館に行き「死にいたる病」について調べてきた。当時は家にパソコンが無かったのだと思う。
帰ってくるなり母親は「「死にいたる病」とは絶望の事みたいだよ」とメモ帳を見ながら私に報告した。
母は続けてなぜ絶望が死にいたる病なのかを説明していた。はっきりと憶えていないが「生きるには希望が必要だが、希望が無くなったとき、つまり絶望する事が死にいたる病なのだ」云々と言っていたように思う。
私は結局、大学ではキルケゴールを読む事無く、彼が批判的であったショーペンハウアーを卒論で扱って卒業した。信仰を持たない事がキルケゴールから縁遠いと思ったからだと思う。
今年はキルケゴールでも読んでみようかなと思う。
あっ、ワーグナーは「ワルキューレの騎行」とかiPodに入ってます、はい。


死にいたる病、現代の批判 (中公クラシックス)

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