逃れられない狼の論理『人狼』

人狼』を観た。沖浦啓之監督作品。
キネカ大森にて<「ももへの手紙」公開記念 沖浦啓之の仕事>という特集が組まれており、同時上映の『イノセンス』も鑑賞。

本作が劇場公開された時、私はおそらく小学生高学年〜中学生位だった。雑誌の広告頁に本作が掲載されており、特殊部隊の戦闘服の格好良さが印象に残った。当時、私には小遣いも映画を電車に独り乗って観に行く気概も無かった。二、三年経って割とアニメやらSFものに興味がある同級生がDVDで観た、とか押井守の作品の話をしてくれたのだと思う。当時アニメやSFに殊更興味を持っていた事は無く、雑誌・テレビ・新聞で時節特集される映像作品のコラム等から得た知識で話を合わせていたのだと思う。
その後、高校・大学に通うなかで漫画やアニメが好きな友人が出来た事によって、彼らの話や評論本等を読む際に出てくる押井守という人物を知る事になった。
とはいえ、この作品のクレジットでは押井守は原作・脚本となっている。簡単に調べてみると本作は押井守氏による先行作品や後行作品をまとめて「ケルベルス・サーガ」なる世界が築かれており、今後も作品が発表されるものであるらしい。

本作のあらすじ*1は、敗戦後ドイツ(!)に占領され、その後、国際社会に復帰する為、強行された経済政策によって貧富の差が拡大、闘争グループによるテロが頻発する日本。闘争グループに対処する為*2、高い戦闘力を持つ警察機関「首都警」特殊部隊「特機隊」が結成されるも、その高い戦闘力によって批判の対象にもなったというもの。
上記の説明が冒頭で長々とナレーションされる。時代の混迷極めて曲がり角に来た感じが非常に伝わってきて思わず、苦笑い。
本作は治安機構の再編を目論む上層部の暗躍と闘争が描かれており、こういう大きいような小さいような権力争いが物語の中心になる。
同時に治安機構の再編を目論む端緒となった失敗―主人公が闘争グループの女性をマシンガンで撃たず「なぜ?」という問いの元、答え無く自爆させてしまった事態は、主人公の心理に波紋を立てる。

主人公が出会った、自爆した女性の姉を名乗る女性との交流が淡々と描かれるのを観ながら、私は、その姉のソックスとスカートの揺れ動く裾から見える太股の辺りにずっと視線を向ける事になった。もちろんパンチラはしない。しかし、銃撃シーンと「狼の群れが女を貪り食う」という主人公の心理描写、だけどセックスは描かれない*3という環境のなか、わりと細やかに描かれている「ソックスとスカートの揺れ動く裾の間に見える太股」はどう考えても意図的であり、青白い顔をした無表情の登場人物たちの代わりに細やかに動き視線を誘う。
物語が進めば、この姉、そのスカートのルアーのような誘う動きは狼へ向けられたものだった事が判明する*4
そして女は主人公に「どこか遠く誰も知らない場所に一緒に逃げよう」と語り掛けるが「俺にはまだやるべき事がある」「俺にとって特機隊は居場所だった」と応える。
万事休した疑似餌女性は「一緒に死ねば、あなたの心と私の心に思い出だけが残ったのに…」と涙を流し跪く。

主人公は「なぜ」引鉄を引かなかったのかという問いが何度も言及される。主人公は「判らない」「引鉄を引くつもりだった」と答え、主人公の教官は「狼は狼である」と譲らない。
主人公はその後、自身を謀略によって嵌めようとした同期生を特機隊の非公式の対敵諜報組織「人狼」としてあっさり射殺するが、同期生は死の間際「俺だって(あの自爆した女と)同じ人間なのに…」と呟く。
「なぜ?」と問いて引鉄を引かず、「引鉄を引くつもりだった」(が撃てなかった)、から「引鉄を引くしか無い」(状況で撃った)ゆえに「狼は狼である」という矛盾した論理。
銃声が響いたガラクタ置き場で、主人公は逃れられない論理の中で引き裂かれた感情ゆえの放心の体である。
結局のところ、主人公は自爆しようとした女を「なぜ?」と引鉄を引かなかった事態に「引鉄を引くべきだった」と省みるものの、感情を言語化出来ない故に理解出来ていない。「なぜ?」という問いこそ感情の動きそのものであったはず。しかしそれは「狼は狼である」論理によって結末を変えられない*5

救われるのは、女性は主人公に思い出として残ったというところなのだろうが、こういう文句は最後に教官が「狼は狼だった」と火を点けていない煙草をポイっと捨てながら呟く台詞以下である。

ケルベロス・サーガ」に於いて特機隊は,偽史の中で偽史ゆえに偽史として葬り去られる組織の運命にあり、「人狼」は更に特機隊の偽史としてしか生きる延びる術は無い。

「ケルベロス」とか主人公の容姿やマスクを脱いで装甲服を着た主人公を見て、「ベルセルク」のガッツを思い出した。
しかし赤ずきんちゃんの話は皆好きだよなぁ

人狼 JIN-ROH (廉価版) [Blu-ray]

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キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

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キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)

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*1:人狼』のWikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E7%8B%BC_JIN-ROH を覗いたところ、あらすじがしっかり長めに記載されていた。

*2:学生運動っぽい映像だよなぁ。

*3:キスはするけど。

*4:ここでスカートの動きは正真正銘女性の感情を表すものだったのか、ルアーだと判断するのかは「人それぞれ」か。

*5:最近読んだ『キャッチ=22」という戦争の馬鹿げた理屈を描いた小説を想起したが、この小説は露悪的で、本作の方がまだましである。本作の方が厄介だという気もするが。