2012年読書概括

読書記録はBooklogに記録している。 漫画を除くと人文科学系・小説・エッセイを29冊読んだ。昨年から今年に掛けて、割と読書は出来ているという印象を受ける。


ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力 (講談社BOX)

ゴーストの条件 クラウドを巡礼する想像力 (講談社BOX)


東浩紀ゼロアカ道場」によって選考された著者による書き下ろし。
著者は序文に於いて本書を「キャラクターの哲学の展開であり、その目標は「ゴースト」という概念のプレゼンテーションにある」という。
そして続けて「ゴースト」とは「士郎正宗のSF作品『攻殻機動隊』の重要概念としてゴーストという言葉がよく知られている。」として、そのニュアンスも併せながら箇条書きで、

  • 「複数化した集合的無意識」
  • 「クラウド化した二次創作(空間)の表象」
  • 「自立化したキャラクター」
  • 「中間的共同体」
  • 「神でもなく、人でもなく、単なるキャラクターでもないもの」
  • 「創作をエンパワーメントする神秘的ツール」
  • 「新しい現実感の象徴」

と挙げる。
本書では、ループ系諸作品・サヴァイブ系諸作品・ニコニコ動画・やる夫などからネットワーク上に存在する「ゴースト」について考察され、そして生み出された水子としてのゴースト、及び人の実存にまで考察が加えられていく。
とにもかくにもこの本が刊行され、読む事が出来たという事で一般的にいうゼロ年代が終わったのだなという感慨はある。


一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル


東浩紀の単著。現在の技術革新によりルソーの「一般意志」を再現する事が出来るのではないかという提案がなされる。この本、というより実際にニコニコ動画により本書で提案されている状況が実施されているのがとても重要だろう。


未知との遭遇: 無限のセカイと有限のワタシ

未知との遭遇: 無限のセカイと有限のワタシ


本書については映画『ヒミズ』感想にて記載済み。


「統治」を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会

「統治」を創造する 新しい公共/オープンガバメント/リーク社会


上記二冊については併せて読むと理解がはかどる。『現代日本の転機』は現状の日本の問題を総括、非常に為になる。対して『統治を創造する』は日本の問題に対する提案である。


全貌ウィキリークス

全貌ウィキリークス

ウィキリークス WikiLeaks  アサンジの戦争

ウィキリークス WikiLeaks アサンジの戦争

  • 作者: 『ガーディアン』特命取材チーム,デヴィッド・リー,ルーク・ハーディング,月沢李歌子,島田楓子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/02/15
  • メディア: 単行本
  • 購入: 2人 クリック: 409回
  • この商品を含むブログ (26件) を見る

併せて『日本人が知らないウィキリークス (新書y)』も参照されたい。私がウィキリークスに興味を持ったのはその技術―なぜ情報提供者の安全が確保出来るのかという点である。『日本人が知らないウィキリークス』にてウィキリークスの技術を解説している八田真行氏によれば「実際に情報提供者の情報が外部に漏れていない、守られているかどうかは判らない」という。
『全貌ウィキリークス』『ウィキリークス アサンジの戦争』を読む限り、相当面倒臭そうなウィキリークスリーダーのアサンジだが、ウィキリークスについてリサーチを行なってきた塚越健司氏によれば「ウィキリークスはアサンジのカリスマ性によってこそ影響力を持つ」という。結局技術や情報を持っていてもそれを「上手く使えなければ意味が無い」という事だ。私はウィキリークスのシステムこそ脅威と思ったので正直がっかりした。リークの思想はウィキリークスの登場によって周知された。しかしウィキリークスがアサンジ一代だけのリークで終わるのは余りにも惜しいと思う。どうにかシステムとして機能しないだろうか?


対テロ戦争株式会社―「不安の政治」から営利をむさぼる企業

対テロ戦争株式会社―「不安の政治」から営利をむさぼる企業

戦争サービス業―民間軍事会社が民主主義を蝕む

戦争サービス業―民間軍事会社が民主主義を蝕む


上記二冊の本を手に取ったのは伊藤計劃のSF作品を読んだ事による。彼が描いた近未来の戦争はどのような現状認識に由来するのか考えたかったのだ。
何年も前に奥泉光が新聞書評で選書したものを読んだ。昨今よく類書で注目を集める『ロボット兵士の戦争』は未読。
民間軍事会社が日本で注目を集めたのは民間軍事会社で働く日本人がイラクにて武装勢力に拘束された事件によるところが大きいだろう。
かくいう私もそうだが、ここで指摘されるのは日本の民間企業―ファンド・海外で活動する企業―が外国民間軍事会社に出資、警備をされるという事実。
上記二冊はこれだけでなく様々な事実・問題点を指摘している。現在の戦争を考えるに際に読んで損は無い。


グラモフォン・フィルム・タイプライター〈上〉 (ちくま学芸文庫)

グラモフォン・フィルム・タイプライター〈上〉 (ちくま学芸文庫)

グラモフォン・フィルム・タイプライター〈下〉 (ちくま学芸文庫)

グラモフォン・フィルム・タイプライター〈下〉 (ちくま学芸文庫)

指紋論 心霊主義から生体認証まで

指紋論 心霊主義から生体認証まで


『グラモフォン・フィルム・タイプライター』は難しくほとんど理解出来なかった。一方、『指紋論』は非常に知的好奇心を満たしてくれる。尚『指紋論』は『グラモフォン~』の指紋に関する記述から著者が興味を持ったらしい。
私が『指紋論』を読んだのは以前記事にした『野生の探偵たち』の感想の通り、「日常の世界における自身の存在の証明・客観的性・事実」に興味を持っているからである。本書はこの問いにとてもよく答えてくれる。


アメリカ (角川文庫)

アメリカ (角川文庫)

キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

キャッチ=22 上 (ハヤカワ文庫 NV 133)

キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)

キャッチ=22 下 (ハヤカワ文庫 NV 134)


上記二冊は菊地成孔率いるDCPRG(正式にはDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN時代の作品になるのだろうが)の楽曲・アルバムに由来する事を知り手に取った。
久しぶりにカフカを読んだが、長編は初めて読む。主人公が出会う登場人物にぐいぐい巻き込まれていく感じが気持ち悪く面白い。というかカフカがアメリカを舞台にしている作品があるというのが驚き。
『キャッチ22』は第二次大戦中のイタリアのとある島に駐屯するアメリカ空軍の不条理な物語だ。
物語自体、時間軸はバラバラなのではっきりと判らない部分があるが、本当に馬鹿らしくどうしようも無い面白い小説であった。
尚、「キャッチ22」とはジレンマ・パラドシカルな状況を指す慣用句である。



菊地成孔のエッセイを今年は読んでいたが、このエッセイが一番面白かったと思う。


福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書

福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書


東日本大震災の際に発生した福島原発事故を検証した民間の報告書。尚、私は国会事故調の報告書、朝日新聞社の『プロメテウスの罠: 明かされなかった福島原発事故の真実』は未読である。
一体あの地震直後に原発で何が起きていたのか、政府・東京電力はどのような行動を取り、それは適切なものだったのか。原発関連の情報はこういった一次ソースを読む事はとても重要だと感じた。例えば政府―菅直人首相(当時)の事故直後の行動にはマスコミから批判があった。しかし本書では意外にも首相に一定の評価が与えられているのだ…


サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍 (白夜ライブラリー001)

サイコロジカル・ボディ・ブルース解凍 (白夜ライブラリー001)


菊地成孔による格闘技に関するエッセイ。正直格闘技に興味は余り無いが、それでも楽しめた。


自我と無意識 (レグルス文庫)

自我と無意識 (レグルス文庫)


学生時代に授業で使っていたもの。全て読んでいなかったので改めて再読。本書はペルソナについて書かれている。これは『シュレーバー回想録』を読む為の肩慣らしだった。


ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動 (ソフトバンク新書)

ハクティビズムとは何か ハッカーと社会運動 (ソフトバンク新書)


ウィキリークスをリサーチしている塚越健司氏の単著。ハクティビズムという視点からウィキリークスアノニマス等を論じている。本書発売ギリギリまでの状況を網羅しており、今読むと調度良い感じだと思う。


社会を変えるには (講談社現代新書)

社会を変えるには (講談社現代新書)


小熊英二氏の単著。分厚い本を書く事で知られているがこの本も新書にしては分厚い。勿論小熊氏の著作は初めて読む。
原発事故以降、デモ等の運動が盛り上がりを見せているが、それで社会が変わるのかという問題提起がある。今年の衆議院選挙を見れば、結果として脱原発は争点にさえなっていなかったのではという状況である。
この本ではデモから政治・社会への接続する為の方法を、時代状況や方法論から検討している。


日本2.0 思想地図β vol.3

日本2.0 思想地図β vol.3


今回の思想地図では日本国憲法の改正案を提示している。自民党の改正案と比較すると、思想地図の憲法の素晴らしさが判るというもの。
千葉雅也氏のファッション論を期待して読んだのだが、端正な文章であるが知識や理解力が及ばなく判らない点も多く残念だった。


私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)

私とは何か――「個人」から「分人」へ (講談社現代新書)


平野啓一郎氏が昨今の著作で示してきた「分人主義」を判りやすく具体的に解説したもの。判るのだけど、私はなかなか割り切れていない。


ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法

ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法


ニートを自称するpha氏の著作。ニートとしての生き方の実践方法、考え方が記載されている。
私はほぼ彼の考え方に同感である。私も会社勤めが出来ないタイプの人間のようなので、どうやって生きるべきか、ちょっと考えている。


シュレーバー回想録―ある神経病者の手記 (平凡社ライブラリー)

シュレーバー回想録―ある神経病者の手記 (平凡社ライブラリー)

シュレーバー症例論 (中公クラシックス)

シュレーバー症例論 (中公クラシックス)


シュレーバーの精神疾患、異常体験を補完するべく述べられる論理。それが『シュレーバー回想録』である。読み終えた後、やっとこの本から解放されるとホッとした。
一方、その長大な妄想をフロイトは『シュレーバー症例』に於いて同性愛であると喝破、投射の原理であっさり説明する。


桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)


本書は既に別記事に記載済み。それにしても映画版を本当に良い作品だった。DVDは2月に出るみたい。


生き延びるためのラカン (ちくま文庫)

生き延びるためのラカン (ちくま文庫)

ラカンの精神分析 (講談社現代新書)

ラカンの精神分析 (講談社現代新書)


ラカンが判らないと読めない本が多い。その為、基本は押えようと上記二冊を読んだ。斎藤環の方は非常にわかり易かったが新宮一成の方は全然理解が進まず。
とにかくラカンが難しい事はよく判った。


僕たちの前途

僕たちの前途


古市憲寿氏の新作。今回は著者自身も参加するゼントや、その他の業界の企業家についてリサーチしている。著者の一言多い語りと注釈は相変わらず面白い。
この著者の著作『希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)』『絶望の国の幸福な若者たち』を目に通しているが、彼がいう「幸せな若者」は決して一枚岩ではない。社会保障や雇用状況の問題も著者は指摘しているのだ。どうもここを掴み取っていない批判をよく見掛けるのでウンザリしたのでここで一言。


空白を満たしなさい

空白を満たしなさい


平野啓一郎氏の最新作。週刊誌モーニング誌上にて連載。連載中から全話目に通していたが、素直に感動出来る作品に仕上がっている。
主人公は世界各地で死から蘇った復生者の一人である。しかし自身が死んだ理由を妻から自殺と告げられた主人公は自殺の理由が全く思い出せない。そして自分が殺されたのではないかと考え、死の直前に出会った男を探し始めるという物語。
本作でも分人主義が物語の核心になっており、自殺について分人主義の観点から考察がされている。
リーダビリティが高くエンターテイメント性と思想性を両立させた作品。これは平野啓一郎の作品の中でも人に勧める事が出来るものだと思う。