惣菜

 スーパーで買ってきた惣菜をレンジで温めてテーブルの上に並べる。ご飯に染み付いた漬物の人工的な紫。かまぼこのピンク。くたびれたシューマイ。申し訳程度のキャベツの千切り。蛍光灯が照らし出すテーブルの上に俺の頭の影がさす。俺の貧乏ゆすりは畳みからテーブルへ、蛍光灯に伝わってこの部屋全体を揺らす。貧乏ゆすりをやめてゆれが収まるのを待つ。煙草を取り出して火をつけて吸う。吐き出した煙は勢いよく蛍光灯に向かって伸び、ゆっくりと散っていく。

 
若武者が戦場を駆ける。金細工で彩られた鎧は斜陽に包まれ鈍く輝く。「我は吉田加美乃左江門。どなたか相手をいたせい」しかし一刻の間、鬼のように人を斬った加美乃左江門に正面から挑もうなど愚の骨頂と、敵方は畏れをなし後方に退却していく。それを見た加美乃左江門、従者を呼びつけ弓を取る。矢を一度に三本番え口割り目一杯に弦を引き、弾く。三本の矢は瞬く間に敵陣を刺す。加美乃左江門、休む事無く矢を放つ。

 
俺は蛍光灯を睨み続けていた。光は部屋の影を一層濃くした。

 
敵方から声が聞こえる。「それほどの強弓なら、私を的にして射ってみよ。」加美乃左江門、敵方にも中々出来る奴がいるではないかと声の主を遠方に探す。逃げ惑う兵を尻目に刀を構える男を見つけた。「よかろう、その刀で矢を払うとな」加美乃左江門、矢を一本番え口割りに引き寄せる。加美乃左江門は時を待った。

 男は刀を構えじりじりと前方に迫った。汗が頬を伝う。男は時を待った。

 矢は放たれた。その矢は誰にも見えなかった。放った加美乃左江門でさえ矢が放たれた事に気がつかなかった。
 男は刀を振り下ろしていた。誰にも刀を眼で追う事が出来なかった。振り下ろした男でさえ刀が見えなかった。
 戦場には二人の残心だけがあった。

 
煙草の煙が細々と天井に昇る。蛍光灯を見つめながら俺はある一つの観念にとらわれはじめた。もしこの部屋の全てのモノの動きが止まったならば、それは時が止まったことと同じではないのか。この部屋の静止は、時を静止を意味するのだ。俺は煙草を灰皿でもみ消した。そして大きく息を吸い込み、呼吸を止めた。
 刹那、部屋は真二つに断たれ、俺の右目を深く何かがえぐった。何か羽根のようなものが視線の先に映った。左半身が畳に倒れようとする時、断たれた部屋の間に斜陽が注いだ。そしてその赤い光の奥の方に二つの人影が見えたような気がした。