ありふれた奇跡

1月から3月にかけてテレビをを真面目に見ていた。単に暇だったということもあるが、おそらく4月からテレビの無い生活になるというのが理由だ。そこで真面目に見ていたテレビドラマは『ありふれた奇跡』だった。私は大学時代に日本文学の講義を受けていた。一般教養科目であったから、それほど内容を掘り下げるものではなかった。しかし「家族」をテーマとしたこの科目は、明治以降の文学作品から「家族」を描いたものを取り上げていった。その中には、知っている作品もあれば、知らない作品も多くあった。特に戦後以降、昭和に書かれたものは知らないものが多かった。その中に山田太一の『岸辺のアルバム』があった。その時色々調べたのだろう、私は山田太一の名前を覚えていた。そしてフジテレビ開局50周年記念ドラマの脚本が山田太一であることを知り、『ありふれた奇跡』をしっかりと観ようと決めた。その前に放送されていた倉本聡脚本のドラマはあまり真面目に観なかった。それは倉本聡が脚本した作品は全く観たことが無いわけではなかったためだ。

物語は駅から始まる。男が駅の端で立ち尽くしているところをある男女が見かける。彼らは直感的に彼が自殺しようとしていることに気がつく。二人は男を止めに入る。最初は自殺しようとしたのではないと言い張った男は、その後二人を呼び出し、こう問い掛ける。なぜ私が自殺しようとしていることがわかったのですか、あなた方二人も自殺しようとしたことがあるのではないですか、と。

3人は互いの秘密、自殺しようとしたことを共通にして知り合っていく。就職先に馴染めなく自殺しようとした左官職人の加瀬亮演じる田崎将太。妊娠中絶によって子どもを産めなくなった仲間由紀恵演じる中城加奈、火災で妻子を失った陣内孝則演じる藤本誠。3人の秘密と中城加奈と田崎将太の家族の秘密を軸に物語は進行していく。将太と加奈は互いに惹かれあうようになるが、加奈は子どもを産めないという事を理由に将太を拒む。将太が子どもなんて関係ないといっても、加奈には軽々しく聞こえてしまう。加奈の秘密は終盤、互いの家族に伝わり物語を止めてしまう。二人の恋愛はただの恋愛ではなく、家族、血縁が絡んだ問題として発展する。特に井川比佐志演じる将太の祖父は、子どもを産めないのでは田崎家の血縁関係が途絶えてしまうと、付き合いに反対する。この祖父は戦後の混乱を生き抜き家族をつくってきたという意識を持っている。この祖父の考えを、将太と加奈が絶対に乗り越えることが出来ない。それゆえにこの物語がこの祖父の考えにどのように答えるのか私は非常に興味を持った。

別に家族をつくるというのは血のつながりがなくても出来るだろう。それに子どもを産めない体といっても今の医療技術なら血のつながりを持つ子どもを持つことをできるだろう。そういえばこの物語では養子縁組についての話は出てくるが、そういった話は出てこない。金銭的な問題だろうか。ただこの物語ではそういった手続きを踏まず、自然に*1子どもが出来ました、ということを二つの家族が望んでいるようなところがある。

さてそんなに状況なった田崎家に将太の先輩左官神戸演じる松重豊が相談をしにやってくる。北海道に残している家族をこちらに呼びたい、だから今空いている母屋を貸してくれないか、と。祖父は家が神戸に乗っ取られてしまうとその提案に反対する。それを後に聞いた将太は祖父に意見する。神戸さんはとても落ち込んでいた、家が乗っ取られるはずないだろう、もっと人を信用したらどうだ、と。それを聞いた祖父は数日後中城家、田崎家を集め話をする。将太が私に意見をした、こんなことは今までなかった、二人の付き合いを認める、と。

正直私は拍子抜けした。そんなことで祖父が築いた血縁を諦めてしまうのかと。しかしこの祖父は血縁云々とはいっているが、付き合い続けるかは二人の問題だと、付き合いに反対しながらも加奈に言ったりしている。どこかでこの祖父はこの問題の落とし所、二人の付き合いを認める理由を探していたのかもしれない。また子が親に意見するというのは、親にとって結構堪えるものらしい。特にあまり子に意見されない親は。私は経験上それを知っている。私事であるが昔私も父にあるつまらない問題で意見したことがある。父の意見には従うが、それはしょうがなくするのであって、父の意見にいつまでも従うと思うなよと、生意気なことをいった。後に母から聞いたのだが父はそれに対して、息子に意見された、反抗された、と重く受け取ったらしい。もしこの経験をこの物語に当てはめることが出来るのなら、祖父にとって孫に意見されたことは、とても重要なことだったのかもしれない。

その後、二人は結婚に向け準備を始める。そして田崎家には神戸の家族が移り住む。それを笑顔で迎え入れる祖父。結局、血縁が無い家族が形成される。私は上記の私事によってこの結末を納得出来ない訳ではない。しかし血縁の家族という問題が、前提条件として世間にあるとすれば、この物語のように解決されるわけにはいかないこともあるだろう。絶対的な答えなどあるわけないだろうけど。

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岸辺のアルバム (光文社文庫)

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*1:この言い方は誤解を招きそうだが。