「オタク」について

 お酒の入った席で、教授に東浩紀をどう思うか聞いた。すると教授は「オタクを食い物にするのはいけない」「オタクは命をはってオタクをやっている」「オタクも東浩紀に何かをいわれて、納得していてはいけない」という言葉を頂いた。この答えをベタな点で私には予測できていた。しかしこの教授の東浩紀に対する理解は『動物化するポストモダン』辺りで止まっていそうだと感じた。『ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2』の環境的読解などについてどう思うか聞いてみたかったのだが。
 しかしそもそも私は東浩紀の著作は上記のものしか読んでいない。だからこの質問自体元々無理があった。またこの教授のいう「オタク」が何を意味しているのかわからないところもある。そして何より東浩紀はオタクについてのみ語っているわけではないだろう。

 この席の数日後、ある友人からライブハウスに誘われた。自分が出演するのでぜひ来て欲しいとのことだった。どのようなライブなのかと聞くとアニメソングなどを演奏するらしい。正直アニメソングにあまり興味はないが、友人と久しぶりに会いたいと思い、行くことにした。
 ライブは盛り上がっていた。演奏者たちはコスプレしていた。観客にはオタ芸をしている人がいた。オタ芸を見るのは初めてだった。非常にエネルギッシュで驚いた。出演の終わった友人にこのライブはどういう集まりなのか聞いた。友人は「東方」系と「ニコ動」系の演奏家の集まりだと答えてくれた。
 私はコスプレしながら演奏する人々、上半身を激しく回転させる観客を見ながら教授の言葉を思いだしていた。「オタクは命を張っている」。本当にそうなのかもしれないと思った。ただ同時にオタクというものついて語りたくなるのは仕方のないことかもしれないとも思った。少なくとも私はこの状況を面白いと思った*1
 

*1:重要なのは彼らを見て私が「オタク」と認識していることかもしれない。演奏中、彼らは一度たりとも自分を「オタク」だとはいっていない。