ダークナイト

 『ダークナイト』を観た。
 『バットマン』シリーズを今まで観たことは無かった。なので予備知識はない。はっきりいってあまりこの手の映画に興味はないのだが、糸井重里があまりにほめているのを知って今更ながら観にいった。私は基本的に他律的な人間である。と同時に最近とても素直になったのではないかと思う。ひねくれたとも思うが頑固さは幾分か消えた。人の言葉に従えるのだから。

 悪だとか正義だとかなんだかわかりやすい言葉が、何回も使った油に入れられてべたべたな揚げ物になって目の前に並べられる。もうそうなったら悪の揚げ物も正義の揚げ物もどっちを食べたって変わりはなさそうなものだ。どっちも食べたことはないけど。
 なんだか自分でもよくわからない比喩を書いてみたが、それはどうでもいい。理性で動く正義も悪もまだまし、問題は理性という枠組みを取っ払った者である。そういう者を見た時、そこに可能性と危機を感じる。

 私は劇中早く敵役ジョーカーよ、死んでくれと思ったのだが、彼は死ぬ気配をみせない。バットマンは黒い装甲に身を包まれ正義を律し死とは無縁のように感じるのだが、ジョーカーはそうではない。彼はタグのない既製服を着て他人の死と自らの死を同様に弄ぶ。
 
 問題は私が「ジョーカーよ、死んでくれ」と思ったことである。まさにその簡単な発想と自らのエゴを押し通そうとすることがジョーカーの思うつぼなのだ。奴は最後まで笑っている。そしてバットマンは私とジョーカーを見て顔をしかめるに違いない。