ソラリスの陽のもとに

 スタニワフ=レフ著『ソラリスの陽のもとに』を読む。映画を見て、原作が気になったので読んだ。映画を観たときは、「生の反復」に力点を置いて見てしまっていた。しかし原作はあくまで地球外生命体と人間の交流に力点が置かれている。そしてその地球外生命体が、人間の理性と認識とは全く違う形で思考している、という設定なのである。人間の理性と認識とは違う、のであるから理解することは基本的に不可能なのだろう。不可能であるから、どうするのか。異文化交流といえど、結局それも理解できるであろう、という前提条件をもってなされているということだ。人間も持つ認識の限界、何ていうとカントなんかが頭をよぎるがそれは放っておく。