サミュエル=ベケット 『ゴドーを待ちながら』

 正直ベケットを知らなかった。知ったのはよく聴くバンドの新譜がベケットの作品の題名をもじったものであったからだ。きっかけはかなり俗である。よくあることだ。
 『ゴドーを待ちながら』は戯曲である。昔図書館でアガサ=クリスティの戯曲を小説と間違って借りようとして司書の人に「これ戯曲だけど読めるの?」と聴かれたことを思いだす。借りるには借りたけど結局読まないで返したんだが…。とはいってもそれも十年も前の話だ。
 
 『ゴドーを待ちながら』の内容は題名のとおりゴドーを待つ話である。待つのは二人の男、口の臭いヴラジーミルと足の臭いエストラゴンである。彼らはゴドーを待っている。夜になるまで待っている。その間二人の男ポッツォとラッキー、そして一人の少年に出会う。ただそれだけである。しかも一日が終わり次の日に彼らに会うのだが、彼らはヴラジーミルとエストラゴンに会った覚えはないはないという。そして夜がくる。二人は明日ゴドーがこないのなら自殺しようと話す。一日目と同じように。一日目が一幕、二日目は二幕となっている。
 内容の概略はかなり適当だ、われながら。一体二人がどれだけ日数ゴドーを待っているのかもわからない。ひたすらとりとめのない会話が続く。エストラゴンはすぐに何処かへ行こうとする。それをヴラジーミンがゴドーを待っているのだから、と止める。ヴラジーミンはゴドーを待つというより待っている時間をつぶすことが目的になっているようにみえる。二人はゴドーを待っていないかのようだ。
 思わず笑ってしまったところを引用する。

エストラゴン ほかの名でためしてみたらどうかな?
ヴラジーミル まさかほんとにまいっちまってるんじゃないだろうな。
エストラゴン 愉快じゃないか。
ヴラジーミル 何が?
エストラゴン ほかの名をかたっぱしからためすのさ。暇つぶしになる。きっといつかはほんとのにぶつかる。
ヴラジーミル しかしポッツォだよ、あいつは。
エストラゴン だがどうだか、それがわかる。ええと。(考えて)アベル!アベル!
ポッツォ ここだー!
エストラゴン ほら、一発だ!
ヴラジーミル そろそろうんざりしてきたな、この話。
エストラゴン もう一人のほうはカインかもしれない。(呼ぶ)カイン!カイン!
ポッツォ ここだー!
エストラゴン こいつ一人で全人類やってる。(沈黙)ごらん、あの小さい雲。
ヴラジーミル (目を上げ)どこに?
エストラゴン あすこだ、空のまん中?
ヴラジーミル ああ、それで?(間)なにかふしぎなことでもあるのかい?

 こんなやりとりが続く。ただこの暇つぶしという感覚がわからないでもない。明日のためまでの暇つぶし。この暇つぶしに疲労がなければ、えんえんと俺はやってやる。



ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)

ゴドーを待ちながら (ベスト・オブ・ベケット)