西の田に幾人かの男ありけり  ドストエフスキー 

「C'est du nouveau,n'est-ce pas? (これは新しいものさ、そうじゃないか?)こうなりゃいっそのこと、潔く綺麗に君に打ち明けてしまおう。一たいねえ君、胃の不消化や何やらで夢を見ている時や、殊に魘されている時など、人間はどうかすると非常に芸術的な夢や、非常に複雑な現実や、事件や、あるいは筋の通った一貫した物語などを、最も高尚な現象からチョッキのボタンの果に至るまで、びっくりするほどこまごまと見ることがあるものだ。まったくのところ、レフ・トルストイでもこれ程こまかくは書けまいと思うくらいにね。しかも、どうかすると文士じゃなくって、きわめて平凡な人―役人や、雑誌記者や、坊さんなどが、そういう夢を見ることがあるもんだよ……これについては大きな問題があるんだ。ある大臣が僕に自白したことだがね、なんでも彼の立派な思想は、ことごとく眠っている時に思いつくんだってさ。現に今だってやはりそうだよ。僕は君の幻覚なんだけれど、ちょうどうなされている時みたいに、僕のいうことはなかなか独創的だろう。こんなことは今まで考えたこともあるまい。だから僕は決して君の思想を反復してるんじゃないよ。しかも、僕はやはり君の悪夢に過ぎないんだ。」
ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』第十一篇 第九章より

 

 杉田は日中の仕事を終わらせると早々と自宅に引き返し、自室の机に向かっていた。いつもなら夜の接木作業のために仮眠を取るところなのだが、何か思うところがあるらしい。これはよくよく彼に見られる傾向で、藤原は内心、「ひらめきの思い過ごし」と命名し馬鹿にしていた。藤原はよく彼の「ひらめきの思い過ごし」によって遊びの誘いを断られていた。そして以前には彼が「ひらめきの思い過ごし」をしている最中にわざわざ家に上がって横で雑誌越しに彼の様子を見ていたことがある。藤原は注意して彼を観察したが、机に置いてある本のページはめくられることなく彼が時折ウンウンとうなるだけであった。これが二時間ほど続いて藤原が飽きて眠気を覚え始めた時には、先に彼が机に突っ伏して寝ているのであった。これを見た藤原はもう付き合ってられんと、別に誘われたわけでもないのに怒りを覚えて彼の家を出ていくのであった。そして翌日彼に何か問題は解決したのか、と聞けば
「ん?ふぁ?何が?」
と返されて藤原の怒りは頂点に達するのであった。特に「ん?ふぁ?」という所が問題の解決されていないという点以前に藤原の神経を逆なでするのであった。これ以来藤原は彼の「ひらめきの思い過ごし」に誘いを断れても何もいわなくなった。工藤などは何も知らないから誘いを彼に断れると、杉田君彼女でも出来たの?と形式的な冗談をいってばつが悪いのをごまかしていた。さて話を現在に戻すといつものように「ひらめきの思い過ごし」が彼を襲ったのだが今回は様子が違っていた。様子が違うといっても外面的には何も変わらず、開かれたページに向かって彼がウンウンとうなっているだけである。今回彼を悩ませていた問題は言葉であった。特にヨハネの福音書の冒頭であった。「初めに言葉があった、言葉は神と共にあった、言葉は神であった。」彼の考えによればこの冒頭部分から問題解決の糸口が見つけられるはずであった。しかしそれは我々にとって重要な問題ではない。だがあえて彼を悩ませる問題について述べるなら、それはとても難しい。そもそも彼自体問題が解決するとは思っていないし、福音書を引っ張りだしてくるぐらいだから思考の筋道ぐらいたてているのかというとそうでもない。なんとなしに本を開いて、何かひらめくのを待っているだけである。これで霊感を持っている才能豊かな人ならひらめきが訪れるのかもしれない。しかし悲しいかな、彼は平凡な兼業農家の次男坊であった。彼に何かを生み出すことは不可能であった。彼に出来ることは誰かが考えついたもののおこぼれをあずかることだけであった。しかしそれだけでも十分な才能といえるのかもしれない。なぜなら上手くどこかから答えの書かれた本を引っ張りだせばよいからである。そして残念ながらヨハネの福音書は彼にとってハズレであった、彼はこれでは満足しない、ここから発展させ言葉の深層にたどり着きたいのだ。しかし我々がそれに付き合うのは無理な話だ。とりあえず、言葉は神である、と聖書通りこれ以上ない深遠且つ正確な解答をもって一応の決着をつけ、我々にとって重要な問題に話を移そうと思う。さて藤原いわく「ひらめきの思い過ごし」に幕が閉じようとする時、(つまり彼が机に突っ伏そうとするその時)事件は起きた。いつもなら彼の頭は机に無事着地するのだが、今回に限って、彼の頭は全く反対椅子もろとも床に落下したのである。そしてその衝撃は、彼の精神に異変を生じさせた。精神の統一が開放されたのである。彼の精神はその身体から自由になり、そこにあった。そして彼は自らの精神の意思するところに表れた。それは藤原と工藤の、統一された精神のもとであった。どうやら彼はこの二人の精神を見てみたいという欲求をもったようである。しかし彼の察することの出来ない深い意思の欲求は、この二人の精神を超えて全ての統一された精神を呑み込むことであった。なるほど杉田の察することの出来ないこの深い意思は初めて自由を手に入れたのである。杉田のただでさえ肥大化した精神では飽き足らず、さらに膨張することを意思は欲求したのだ。とうの杉田はそれを知るよしもないのだが。さて杉田は、まず藤原の統一精神に向いた。その精神は、藤原の高慢な性格からは裏腹に、他の精神よりもやせ細って小さく表れた。そしてその小さな精神の中で、様々な物事が論理的に羅列されていた。そしてなぜか論理が途中で途切れていた。全ての物事が途中までは美しく羅列されているのに、そこに答えはない。なぜか?それは藤原の持つ怠惰的性格が原因であった。藤原のこの性格が形成された原因をここに記さないが、ある事件をきっかけに彼は答えを出すことを恐れ、答えを放棄したのだ。たとえ答えが出ても藤原はそれを保留した。そして形成されたこの小さな精神が杉田の前に表れたであった。杉田にはなぜこんなささいな事件がここまで藤原を追い込こんだのかさっぱりわからなかった。杉田は他人の精神を見る快感に酔いしれた。全てをわかったような顔している藤原がこんなつまらないものだったとは。杉田は笑った、声を大にして笑った。この調子では工藤などの精神はさらに情けないものだろう、何せあいつはグラビアアイドルにしか興味がないのだから。彼はほくそ笑みながら工藤の精神と向き合った。しかし彼は驚愕の光景を目にすることとなった。辺りはゆっくりと暗闇に包まれ、天頂から巨大で妖しげな太陽が現れ、そこに向けて巨大な塔のような生物が伸びていた。その塔に大小の女が溶け合い、また塔の外側に延々と伸びる螺旋状の階段を人間が、どうやらこれも女らしい、頂上を目指し歩いている。かと思うと全てが収縮して干からびたミミズが歓喜の声を上げているのだった。「メーニンアエイデテアーペレイアデオアキーレオスウローメネーヘミューリアカイオスアレーゲエテーケ………」この歓喜の声を耳にした杉田の意思は、杉田にこのような発言をさせた。「これは、これは…何だ、これが精神なのか?悪夢じゃないか、こんなもの!!」杉田の意思は彼にこのセリフを言わせ卒倒させると、もといた場所にすぐさま引き返し自らに楔を打ち込み、全ての精神を呑み込むという野望を捨てた。理由はたった一つ、恐れであった。それほど自身の存在を脅かすものと杉田の意思には思われたのである。杉田も工藤の精神を前にしてただ恐れおののくことしか出来なかった。
 杉田の精神は再度統一されようとしていた。


 外が騒がしい。車のクラクションが聞こえる。どうやら藤原が家に迎えにきてくれたようだ。体を起こして、窓を開けた。「おい、寝てたのか?今日は工藤の家で接木があるんだろ。早くこいよ」うん、わかった。ちょっと待ってくれ、すぐ行くから。杉田は窓を閉めなぜか倒れている椅子を起こして、部屋を出た。何か嫌な夢をみたような気がするが、思いだせない。まぁ、いい。今日の接木は何だっけ、キューリか、スイカか。そういえば、工藤がペプシにキューリ味がでたとかほざいてたな。つまらない冗談だ。今日はキューリか………。



パターン2

さて藤原いわく「ひらめきの思い過ごし」に幕が閉じようとする時、(つまり彼が机に突っ伏そうとするその時)事件は起きた。いつもなら彼の頭は机に無事着地するのだが、今回に限って、彼の頭は全く反対椅子もろとも床に落下したのである。そしてその衝撃は、彼の精神に異変を生じさせた。精神の統一が開放されたのである。彼の精神はその身体から自由になり、そこにあった。そして彼は自らの精神の意思するところに表れた。それは藤原と工藤の、統一された精神のもとであった。どうやら彼はこの二人の精神を見てみたいという欲求をもったようである。さて杉田は、まず藤原の統一精神に向いた。その精神は、藤原の高慢な性格からは裏腹に、他の精神よりもやせ細って小さく表れた。そしてその小さな精神の中で、様々な物事が論理的に羅列されていた。そしてなぜか論理が途中で途切れていた。全ての物事が途中までは美しく羅列されているのに、そこに答えはない。なぜか?それは藤原の持つ怠惰的性格が原因であった。そして形成されたこの小さな精神が杉田の前に表れたのであった。杉田は他人の精神を見る快感に酔いしれた。全てをわかったような顔している藤原がこんなつまらないものだったとは。杉田は笑った、声を大にして笑った。この調子では工藤などの精神はさらに情けないものだろう、何せあいつはグラビアアイドルにしか興味がないのだから。彼はほくそ笑みながら工藤の精神と向き合った。案の定、女のことしか考えていなかった。どこかでみたことがあるような女、見たこともないような女、女女女女女、それが黄金比を形成してさらに巨大な女、それがさらに女になり、またまた女を形成する。それを千回ぐらい繰り返してさらに女、右に左にさらに女、上にも下にも、三百六十度全て女、色即是空女、曼荼羅女、エリエリレマサバクタニオンナ、アーメンアーメンオンナ、もう何だかわからいけど女、女女女くノ一くノ一くノ一くノ一ノノ一一くくくくノ一うわぁぁぁゲシュタルト崩壊………



 外が騒がしい。車のクラクションが聞こえる。どうやら藤原が家に迎えにきてくれたようだ。体を起こして、窓を開けた。「おい、寝てたのか?今日は工藤の家で接木があるんだろ。早くこいよ」うん、わかった。ちょっと待ってくれ、すぐ行くから。杉田は窓を閉め倒れている椅子を起こして、部屋を出た。何か嫌な夢をみたような気がするが、思いだせない。まぁ、いい。今日の接木は何だっけ、キューリか、スイカか。そういえば、工藤がペプシにキューリ味がでたとかほざいてたな。つまらない冗談だな。今日はキューリか。