2016年2月29日~2016年3月6日

小埜涼子、吉田達也のSAX RUINSの作品を聴いている。シリアスな内容なのかと思ったがドリフの効果音みたいな音が鳴ったりする遊びが楽しい。

外周りの為に家を遅く出たところ、子どもを自転車に乗せた人々を多く見掛ける。出勤時間を少し変えただけで住む場所の印象は変わるものだなと感慨深い。

株式会社はてな、東京マザーズ上場という広告を見掛ける。

タオルケットやらバスタオルやらを新調したところ、大変快適になった。

商店街のポスターに髭面ストライプの小学生の絵が揺れている。当初は何を描きたいのか判らなかったが、ラグビー選手という事なのだろう。

マリーマリーマリーの新刊を読んだ。相変わらず緩い内容だった。

客先の人事異動に関する話題が聞こえて来た。もう春なのだと思う。

イヤフォンの電池が切れ、騒音にさらされる。

週末の陽気に眠気を誘われる。

少し外に出ただけで目と鼻がむずつく。

椅子と机を用意しようと家具専門店を訪ねた。購入書類に記入するなど店員の手作業が多い。理由を尋ねると「店内に入力するパソコンが少なくお客様を待たせないよう手書きで購入手続きを済ませています。」と言う。更に勤務状況を尋ねると営業時間外でも家具の組み立て、レイアウトの一新、店内の清掃と朝早く夜遅いという。「スーツですけど実際作業着でも着ていた方が便利ですよ。」思わずため息が出てしまう。

世界終末十億年前

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、深見弾訳『世界終末十億年前 異常な状況で発見された手記』を読んだ。

二世紀振りの猛暑、「ありきたりの天体物理学に恒星力学。恒星と拡散物質の相互作用。」を研究する天文学者マリャーノフはある一つの発見をしようとしていた。しかしそれを遮るように、身に覚えのない高価な食料品が届いたり、生物学者の友人ワインンガルテンが突然電話掛けてよこし、今まで興味を持たなかったマリャーノフの研究について聴きたがった。電話の途中、妻の友人だという女性が家に上がり込み、隣人の物理学者スニョゴヴォーイを交えて酒と共に雑談に耽るなか、スニョゴヴォーイもまたマリャーノフの研究について知りたがった。翌日、スニョゴヴォーイが死んだと捜査官が訪れ、女性は姿を消していた。慌てたマリャーノフは上階に住む数学者ヴェチェローフスキイの元に駆け込む。
部屋に戻れば生物学者ワインガルテンとスニョゴヴォーイが口にしていた電子工学者ザハールとその子どもが居た。ワインガルテンはある発見をしたものの日常にごたごたが起き研究が進まずにいた。そして突然赤毛の男が部屋に訪れ、地球外文明の代表を名乗り、今までの騒ぎは意図したものであり研究を断念させる為だったと語った上、マリャーノフとザハールの研究も注視しているという。ザハールは昔関係を持った女性が次々と現れ、そして一人は子どもを連れてやって来た。古代から地球には九人同盟なる存在がおり科学的成果を蓄積し地球が自滅しないよう監視しているのだと彼女は言い、子どもを残して立ち去った。
更に東洋学者グルーホフも加わり、自分たちに起きている事態を荒唐無稽だと思いながら議論するなか、皆の話を聞いた数学者ヴェチェローフスキイはマリャーノフに〈均衡の取れた宇宙(ホメオスタチック ユニヴァース)〉なる考えを示す。「宇宙はその構造を維持しつづける」という公理の元、マリャーノフたちの研究がそれを脅かす可能性があり、十億年後に他の何千何万の研究と一体となって世界を終末に導かないようにしているのだという。
最初は荒唐無稽な話だと馬鹿にしていたマリャーノフだったが、家族や現在の生活を守る為に研究を諦める。しかし皆の研究資料を預かった数学者ヴェチェローフスキイは今の仕事を辞め、皆の研究の交わりとこれを断念させようとする法則を見つけるべく、パミール高原で仕事をするという。マリャーノフはヴェチェローフスキイが話を終えたのにも関わらずその続きを聞いていた。「十億年あれば、やれることは沢山ある、もし降伏しないで理解すれば、理解して降伏しなければ。」「蝋燭がパチパチ弾ける音を聞きながらだって原稿用紙は埋めることはできるんだ!ブラック・リバーのほとりにだって、命を捧げる価値のあるものはみつかるはずだ、と……」

「月曜日は土曜日に始まる」「トロイカ物語」が乗り気でなかっただけに夢中で読み進めた。ストルガツキー兄弟の作品の中でも特に好きな話だ。また本作はアレクサンドル=ソクーロフが邦題「日陽はしづかに発酵し…」として映画化しており、またストルガツキー兄弟も「蝕の日」と題して本作の映画シナリオを発表している。
尚、本書にはアルカジー=ストルガツキーによる自伝、深見弾による作品リストが掲載されている。

世界終末十億年前―異常な状況で発見された手記

世界終末十億年前―異常な状況で発見された手記

2016年2月22日~2016年2月28日

客と同業他社と共に現場に赴く珍しい業務を与えられたのだが、何かと疲れたのは現場を取り仕切るリーダーの不在だろう。

路上に犬の糞が入れられた袋が踏みつけられていた。

電車の扉に「げじまーゆ」とかき傷があった。

fallout4ばかりプレイしている。何も無い日常生活を綴るより、よっぽどゲームのが内容を綴った方がよい気がして来た。

レキシントンを散策しているとスコープがグールを捉えた。屋根の上を確保し狙撃を始めるとグールが集まって来た。ライフルで数を減らした後、接近戦で片をつけた。ここのゾンビはよく走る。更に街に入るとスーパーウルトラマーケットという冗談みたいな場所を見つける。地下に入るとグールの巣窟になっていた。ゾンビと言えばスーパーマーケットとはお約束だ。接近戦の技術が乏しい為、その場を後にしスーパーマーケットの屋上を確保する。遠くの建物にレイダーが寛いているのが見えた。市街地を制圧したかったのでこれを狙撃して殺した。建物に接近するとタレットが確認出来た。これを破壊していると遠くから銃声が聞こえ始めた。別の場所で戦闘が行われているようだ。気にしてもしょうが無いとアイテムを回収した後、市街地に進むとグールがいる。これを片づけると付近にレイダーやグールの死骸が散らばっていた。あの銃声はここが出処だろう。アイテムを奪い持ち物が一杯になったところでサンクチュアリに帰還した。武器を改造したいところだが接着剤が足りないようだった。

電車で移動中、不器用な青年と猫の生活を描いた同居人はひざ、時々、頭の上という作品の広告を見掛け、ネット上で公開された作品を読んだ。青年視点と猫視点を分けて描いているのが新鮮だった。十万部売れているそうである。他にもライトな推理小説等の広告が目に入る。これもとても売れているらしい。

引き続きレキシントンを訪れた。トラップに掛かりで爆死したりするなかアパートに辿り着いた。最上階にレイダーが居た為、グレネードを放り投げたところ、リーダーは死んだものの雑魚が残ったので仕方無く接近戦に臨んだ。何処かの入植者と諍いを起こしているレイダーと思われたが詳しくは判らない。その後、グールを掃討しながら進むとスーパーマーケットの出入口を発見した。中には倒れたグールが無数居た。ヘッドショットで息の根を止めながら奥に進むとミニッツメンの死体があった。アイテムを回収した上で、端末をハッキングしロボットに残りのグールを排除させた。アイテムが一杯になったところでサンクチュアリに帰還した。

哲人と青年の対話形式の本を読む女性を見掛ける。どうやらアドラー流心理学を解説した本らしくとても売れているらしい。

スーパーマーケットの探索していたところ、複数のミニッツメンの死体を見つける。どうやらグールをしのぎきれなかったらしい。残されたデータにも悲鳴にも似た報告が残っていた。グールに照準を合わせると伝説級だと判った。ひたすら射撃したところあっさり倒れた。正面に捉えたままだったのが功を奏したらしい。運が良かったと思う。

タオルケットが破れた。よくよく考えてみると五年以上使っていたものだ。引越しした際に買ったものがそろそろガタが来始める頃かもしれない。新天地で家具を買い揃え新たな生活をしたいと思うものの先立つものが無い。

何年振りかに友人から連絡を貰った。話し終えて横になると取り留めの無い記憶が頭をよぎる。記憶は断片的で非連続的なものなのだと改めて実感した。

トロイカ物語

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、深見弾訳『トロイカ物語』を読んだ。

「月曜日は土曜日に始まる」の続編にあたる作品。ただし訳者あとがきの通り、本作は二度発表されており、1968年シベリア地方文芸誌「アンガラ」に掲載された作品と1987年「スメナ―」に掲載された異なる内容のものがある。本書はこの二作の邦訳が収録され、細部の違いを楽しめるにようになっている。

異常現象の合理化と活用に関する三人委員会(トロイカ)が権力を握ったコロニー。プログラマーであるプリワーロフはブラックボックスを、エジクはお喋り南京虫を手に入れるべく、この委員会に出席する。この委員会ではあらゆる異常の存在する権利を審査していた。しかし実際にそこで行われていたのは凡庸な人々の官僚主義的で保守的なお役所仕事だった。プリワーロフはブラックボックスを手に入れるべく申請するも唯の黒い箱がブラックボックスだと決めつけられ、お喋り南京虫は自らを認めてもらうべく委員会で演説するも捻り潰されそうになる。その他、人間を尊敬する雪男、地球に不時着してしまい元居た場所に帰れなくなった詩の読者である宇宙人、翼竜、首長竜、過去の文献を読みたがる巨大なタコの妖怪等が登場する。

本書は官僚主義や保守主義を風刺した作品だったため体制批判とみなされアンガラは発禁処分となり編集部全員が首になってしまった。ストルガツキー兄弟はその後作品を発表する場が少なくなった。この時期アルカジーは翻訳で生活するしかなく、深見弾はアルカジーに義経紀等の資料を送って激励していたいう。

トロイカ物語

トロイカ物語

2016年2月15日~2016年2月21日

朝家を出ると赤い髪の男性が眠り掛けた金髪の女性を支えながら歩いているのを見掛ける。

上司に突き抜けた男と評され、思わず充実した毎日を送っていると口にした時、欺瞞だと思った。

あるルールの上での裁量に一喜一憂している場合では無い。

ヤカンを眺めていると、ふとヤカンが溶けるまで火に晒していた夢を観た事を思い出した。

ジムのモニターでニュースを眺めるのだが延々と殺人事件に関する話題が続く。憮然とした容疑者の表情はまるで反省していないような、またカメラに向けて敵意を抱いているようにも見える。どうにも落ち着かないのは、伝えられる事実より印象の方が大きく残るからだろう。こんな事は以前も書いた気がする。

月曜日は土曜日に始まる

アルカジー&ボリス=ストルガツキー著、深見弾訳『月曜日は土曜日に始まる 若い科学者のための物語』を読んだ。

プログラマーである青年プリワーロフは旅の道中に二人の男性と出会う。男たちはプリワーロフの仕事を知るとちょうどプログラマーを探していたところなのだという。二人の好意によりある老女の家に泊まると、庭で猫が詩を諳んじながらど忘れしている声が聴こえ、鏡が喋り出し、井戸のカワカマスはどんな願い事を叶えられるが電化製品は勘弁して欲しいと言い出す。実は街には魔法妖術科学研究所があり、魔術やら魔法の道具やら精霊やら魔神やらが跋扈していたのだ。プリワーロフはプログラマーとして魔法妖術科学研究所で働き始め、研究所で起きる騒動に巻き込まれる事になる。

頭の中である公式を演算すればそこにリンゴが現れる。研究所にはイフリートやらジンがうろついている。舞台は現代そのままに科学と魔術が混合した設定となっており、正に現代にお伽話といった内容である。こういった話を面白がってやりたかったのだが、正直どうにも乗り気になれなかった。たぶんもう少し若い時、正に頭が混淆としていたハイブリッドな科学者だった十代の頃に読みたかった。しかしながら終盤に用意された二人のヤヌスことヤヌス-Aとヤヌス-Uの時間に関する謎解きが非常に面白かった。

タイトルが素晴らしいと思うが、これはワーカホリックな研究所に勤める職員たちの合言葉である。つまり休みになった土曜日こそ月曜日のように仕事をするという訳だ。私にはとても出来ない。

月曜日は土曜日に始まる―若い科学者のための物語

月曜日は土曜日に始まる―若い科学者のための物語

2016年2月8日~2016年2月14日

ジョン=ルイスの平均律クラビィーアをようやく全て聴く事が出来た。

GRAPEVINEの新譜BABEL,BABELを聴いた。これが素晴らしい。音の質が明らかに変わった。事務所移籍後の前作が結節点だったと言われるのかもしれない。しかし前作はこれまでのアルバムと比較すると想定出来る変化だった。

ホームに設置された消火栓設備越しに野武士の晒し首みたいな顔をしていた男性が家族を連れているのを見掛けた。どうやら元々不満気な表情を浮かべているらしい。

fallout4を年末にダウンロードしていたのだがハードディスクの不調もあったため放置していた。ハードディスクを新調してからプレイを始めたのだが、序盤の蚊の幼虫の攻略が判らず、やっと手榴弾を投げれば良い事に気がつくという始末。skyrim 以来にコントローラーを持った事もありボタンの割り振りを覚えるまでが難儀である。

マフラー無しでも問題無い陽気だった。

病院の待合室で六十代以上と思われる女性が保険の効かない高価な美容液を購入しているのを見掛けた。

スター・ウォーズ フォースの覚醒を観た。重い腰を上げたというのが正直なところだが、テンション低めで観たせいかもしれない、サッパリとした内容という印象である。旧作品のオマージュを含め使えるネタはなんでも使うという潔さが良い。またフォースを音で表現するのは新しい。もっとライトセイバーの立ち回りが格好良ければ良いのだが、古いジェダイが隆盛していた新三部作でなく、新しいジェダイの黎明期である旧三部作の続編であるから、フォースの使い手もまだ発展途上なのかもしれない。次作にとりあえず期待したい。

Jazz The New Chapter 3の音源を割と聴いたのだが結構気になるものがあった。まあ購入して聴くか置くとしてだが。

Jazz The New Chapter 3

柳樂光隆監修『Jazz The New Chapter 3』を読んだ。
「1」と「2」を読み去年聴いた音楽にとても影響があった。本書で紹介されているものは大半は未視聴であり、主要なものについてはこの機会にリンクを貼り視聴する事にした。結果として2曲取り上げているアーティストもいるが好みというより一曲だけで印象が判らないと判断した為である。

  • Kendrick Lamar「To Pimp A Butterfly」特集。楽曲に参加したRobert Glasper、プロデューサーであるTerrace Martinのインタビュー。その他、Kamasi Washingtonの特集、José James、Gregory Poter、Jason Moranのインタビュー、冨田ラボ原雅明と柳樂光隆の鼎談がある。意図してヴォーカルものは聴いていなかったのだが、José JamesのBillie Holidayのカバーがとても良い。

Kendrick Lamar「For Free?(interlude)」※Robert Glasper、Terrace Martin、Kamasi Washingtonが参加
Kamasi Washington「Change of the Guard」
José James「God Bless The Child」※ドラムはEric Harland
Gregory Porter「1960 What?」※デトロイトの黒人暴動をモチーフにしたもの

  • Snarky Puppy、Hiatus Kaiyote特集。Snarky PuppyのMichael League、Corey Henry、Bill Lauranceへのインタビュー。Hiatus KaiyoteはフロントマンのNai PalmとドラムのPerrin Mossのインタビュー。その他ではMarc Caryのインタビュー有り。Marc Caryのラーガものが思いの外良い。

Snarky Puppy「Lingus」※キーボードで超絶技巧を披露しているのがCorey Henry
Hiatus Kaiyote「Laputa」※宮﨑駿監督引退へのトリビュート
Marc Cary「12 Stories」※ラーガ(インド)とアフリカの影響の繋がりを表現

  • UKジャズ、ニューヨーク、ラテンジャズ、ラージアンサンブル、インディークラシック特集。GoGo Penguin、e.s.t、Tigran HamasyanのECM作品「Luys I Luso」の特集、Miguel Zenónと挾間美帆のインタビュー等。John ZornのMASADAに参加しているというDave Douglas「High Risk」が気に入った。Tigran Hamasyanの「Luys I Luso」も思った以上に良さそうだ。

GoGo Penguin「Hopopono」
GoGo Penguin「Shock and Awe」※音響効果が生み出す空間性による表現
Esbjörn Svensson Trio「Semblance Suite in Three or Four Movements」part.1
Esbjörn Svensson Trio「Semblance Suite in Three or Four Movements」part.2
Esbjörn Svensson Trio「Semblance Suite in Three or Four Movements」part.3
Esbjörn Svensson Trio「Semblance Suite in Three or Four Movements」part.4
Dave Douglas「High Risk」※Mark Guilianaがドラムとして参加
Miguel Zenón「Through Culture and Tradition」※NY在住プエルトリコ移民のインタビューがカットアップ
Asuka Kakitani Jazz Orchestra「Bloom」
John Hollenbeck「The Moon's a Harsh Mistress」
Geir Lysne「Memorits N'Gneng」
Geir Lysne「Vebburedong」
Miho Hazama「The Urban Legend」
The Franky Rousseau Large Band「Hope」※bandcampのみの販売
Tigran Hamasyan「Hayrapetakan Maghterg (3)」
Bang on a Can All-Stars:「Real Beauty Turns」
yMusic「Music In Circles」
Valgeir Sigurðsson「Between Monuments」

Jazz The New Chapter 3 (シンコー・ミュージックMOOK)

Jazz The New Chapter 3 (シンコー・ミュージックMOOK)

アルマジロ

ヤヌス=メッツ監督作品『アルマジロ』を観た。
映画配給会社でもあり劇場も持つアップリンクが戦後七十年企画として終戦記念日前後にネット上で無料配信したものを観た。

  • アフガニスタン最前線にあるアルマジロ基地にPSO(国際平和活動)という名の元に派兵されたデンマーク軍兵士の若者を描いたドキュメンタリー映画である。
  • アルマジロ基地はイギリス軍とデンマーク軍が駐留している。
  • 派遣を決めた若者が家族に「良い人生経験になると思う。」「本当の親友が欲しいんだ。」と語る。そんな若者の言葉に家族は頭を抱える。
  • 派遣が決まった若者たちは壮行会と称されたコンパニオンとの乱痴気騒ぎの後、空港で家族と別れる。
  • 基地では退屈を持て余した若者たちが半裸でバイクを乗りまわし、基地に設けられた給排水設備で水遊びに興じている。
  • 基地から飛ばされるドローンが捉えた無数の人影を「敵」と判断し、爆撃で建物ごと吹き飛ばされる。
  • 爆撃で家を失ったという現地住民が基地を訪れる。顔にはモザイクが掛けられている。現地住民は「住む場所も家族も居ない。せめて金が欲しい。」という。弁護士立会いのもとに賠償金が手渡され、男はポケットに金を入れる。
  • 派遣された若者たちは隊を組み定期的に村にパトロールしている。村では現地住民に協力を要請するも「君たちに協力すればタリバンに殺される。」と返される。子どもたちは外国人である若者たちに「ここから出て行け。」と語る。作戦の為、散開するも耕作地に入り込み、現地住民たちがクレームを入れる。
  • 他の基地に派遣されたデンマーク兵が地雷により2名死亡された事が告げられる。若者たちはそれをただ黙って聞いている。
  • 定期的なパトロールがタリバンに知られた為、不規則な時間帯に出撃する作戦が実施される。ヘルメットに付けられたカメラは脚元に煙埃を巻き上げる銃弾を捉え、絶え間無く動き、そして静止する。どこからの射撃なのかも判らず、無線で応答しあう兵士たち。よもや味方同士で撃ちあっているようにも見える。すぐ傍の灌漑に敵が潜んでいる事が判ると手榴弾が投げられる。川に内蔵を撒き散らしたタリバン兵を「臭うな。」と言いながら引き上げ、武器を物色する若者。それを咎める声をマイクは拾う。他方、負傷して憔悴する若者、搬送先から基地に戻り歓迎される若者の姿も映される。
  • 作戦の成功後、若者たちが呼び出される。国の家族との会話から、作戦の内容や若者たちの行動を咎める声が軍に報告されたのだという。若者の一人は言う。「俺たちの事を野蛮だという人もいるかもしれないが俺は正しい事をやったのだ。」「誤って自分が子どもを殺したとする。しかしそれは別の誰かがやった事なのだ。」
  • 最後に駐留を終えた若者が国に戻り歓迎されている光景が映される。主要な登場人物が六人程いるのだが、一人を除きまた駐留を望んでいるという。

「良い人生経験になると思う。」そんな若者の発言に衝撃を受けながらこの映画を観た。死を意図的もしくは無意識的に排除された発言に家族たちは思わず「死ぬかもしれないだぞ。」と判りきった言葉を掛ける。実際カメラが捉えるのはもしあと一歩踏み込んでいたら弾が当たっていたという事態だ。若者たちは「命を掛けていた」という類稀な事実に気が付き興奮しているのだろうと見受けられるもののどこか違和を感じさせる。とは言いながら画面越しに戦闘を眺める私自身が若者には劣るものの、高揚していた事を振り返れば致し方無い事態なのだろうとも思える。

デンマーク国連の決議の元にPSO(国際平和活動)のISAF国際治安支援部隊)として活動している。ISAF多国籍軍だがその後NATO北大西洋条約機構)軍が主導、2014年12月に終了しているが、RSM(確固たる支援任務)が継続しており、デンマークはこれにも参加している。尚、日本はアフガニスタン法秩序信託基金にて10億ドル以上拠出している。
さてPSOとは聞き慣れない言葉だが、日本でも認知されているPKO国際連合平和維持活動)はPSOの一種である。現在日本のPKOは南スーダンにて実施されており、2016年10月まで派遣が延長された。また集団的自衛権が限定的に容認された為、これに駆けつけ警護の任務が加わる可能性が高い。更に政府は、国会にて安保法案に関する答弁の中、ISAFのような活動に自衛隊が参加する可能性を否定していない。現状のPKOに話を戻せば、国連は住民保護の為の戦闘行為を容認しており(ルワンダ虐殺からの反省)、南スーダン情勢は自衛隊にとって非常に危ういものとなっている。駆けつけ警護等の集団的自衛権の容認以前に、自衛隊の存在を含め憲法9条から議論されるべきだった。私は憲法にて自衛隊を容認した上で専守防衛を旨とする記述するべきであり、またPKOでは無い国際貢献があるのでは無いかと考えている。とは言えPKOにしろ集団的自衛権の容認にしろ既成事実となった今覆すのは難しいだろう。せめてPKOに参加するならば隊員の保護及び懲罰の為の法律があって然るべきだと思う。しかしこういった事について考えていると自衛隊武力行使を伴う活動を国外で展開するのは時間の問題だと気がつく。

2016年2月1日~2016年2月7日

ジョン=ルイスの平均律クラビィーアを聴いているが、ベース音が響いてくるのがとても新鮮な印象を受ける。

後輩をからかっていたら本当にうんざりした顔をしたので腹を抱えて笑ってしまった。

星という字は日を生きると書く。日々生きる場所、それが星という事らしい。全く上手い事を考えるものだと思う。

毎年行われている会社のレクリエーションの候補にボクシングが挙げる社員がいるらしい。観るのでは無くやる方だという。つまり合法的に管理職をぶん殴るボクササイズである。全く馬鹿げているが最高に面白い。腹を抱えて笑った。

デューン 砂の惑星の上巻を読み終える。とても面白いのだが、古典ならではの重みだろうか、勢いで読み進められるものでは無いらしい。

眠ってばかりいる。夢の中で友人は一日に交通事故を三度も起こし、また別の夢では青年が少年に過ちを犯して謝罪していたりする。全く頭の中は判ったものでは無い。

デューン 砂の惑星の中巻を読み終える。この進み具合で果たしてどこまで物語が描かれるのやらという思いだ。

住宅街で子どもたちがおにごっこに熱心に取り組んでいる姿を見掛け、その無邪気さに思わず笑ってしまった。

デューン 砂の惑星の下巻を読み終える。意外とあっさりとした終わりなのは続編があるからか?古本屋で続編を見掛けた事はあるものの、果たしてどうしたものか。調べてみたが図書館を利用すればフランク=ハーバートの作品を読む事は容易そうだ。しかしその息子とSF作家によりまだシリーズの新刊が発表されており、しかも未訳がある事も判った。

2016年1月25日~2016年1月31日

Snarky Puppy、挾間美帆の音源をたまたま聴いたのだがとても良かった。考えてみるとJazz The New Chapter 3は読んだものの、音源をほとんど聴いていなかった。勿論、紹介されていた音源を全て試聴する時間も無いのだが、横着するものでは無い。そこで改めてロバート=グラスパー、カマシ=ワシントンを聴き直した。酒を飲みながら聴くカマシ=ワシントンの昂揚感と言ったら他に無い。

木根さんの一人でキネマという漫画を読んだのだが面白かった。

改札前で子連れの女性たちがお互いのお腹を触りあっていた。微笑ましいなと思いながら、子どもを二人産めるのは裕福なのだろう、そんな事も考えてしまった。

村田雄介版ワンパンマンの現在の盛り上げ方をみるとガロウ編で終わりそうだと思う。

ふなぐち菊水一杯で頭が痛い。

壊れたハードディスクを買い換えたところ、以前使っていたものより反応が大変良い。壊れたハードディスクは店頭に持ち込んで破壊して引き取って貰ったのだが、待っている間、延々と店のテーマソングを聴かされ辟易した。

2016年1月18日~2016年1月24日

本当に雪が積もっていた。友人や両親に連絡してみたところ、積もっているやら雨だけだとも返事があった。この程度なら仕事への影響は少ないだろうか、そんな事を考えながら身仕度をした。

会社に置いたままにしたブーツを回収しようと、自宅からビニール袋を持ってきたところ中にゴミが入っていた。うっかりしていた。

向かいの席に座った五十代の男性二人の会話が聞こえて来た。どうやら男性は妻と別れ独り身らしい。それに対して妻が結婚相談所の仕事と関わっており、再婚する気があるなら紹介するという。その発言に苦笑いしながら男性が断りを入れた。

デューン 砂の惑星を手に入れた。読むのが楽しみである。

サライネスのセケンノハテマデの連載が終わってしまった。twitterを確認してみると家庭の事情が要因らしい。残念だが戻ってくるとの発言もあったので次回作に期待したい。

散歩に出ると猫が日向ぼっこしていた。

秋刀魚は電子レンジのオーブン機能で焼くものでは無い。

2016年1月11日~2016年1月17日

ストルガツキー兄弟の滅びの都を読み終える。この著者の作品の中で最も観念小説的な印象を覚えた。

J-POPを聴くと空元気になってしまうからタチが悪い。

酒の肴に酒盗を買ってきたのだが酒が進み過ぎてしまう。温かい白飯に載せると生臭いとも思える。

更に酒盗を買い足した。好みの問題だろうが、甘口より辛口の酒が合うと思う。

ストルガツキー兄弟の幽霊殺人を読み終える。物語の都合上、警察官である主人公の頑迷さに付き合わされる事になる。一方、物分かりの良い物理学者は世に理解される事は無い。一時の頑迷さを物理学者が許さず、これを悔やみ続けている主人公の在り方に、ストルガツキー兄弟の現実的な繊細さを感じる。

午前中用事を済ませて食事を取ると眠ってしまい気がつくと夕方になろうとしていた。散歩がてら街に出る事にしたものの、居眠りしてしまった事がどこか奇妙に感じられた。それほど疲れているだろうか。何となく虫の知らせと言った言葉が頭によぎる。両親に電話でもしてみようか?それとも俺自身に何かあるのだろうか?そんな事を考え混雑する改札の前で耳許で鳴る音楽が止まった。スマートフォンを取り出すと友人からの電話だった。開口一番風邪を引いたという。具合は良くないのかと問えば、会社を早退したと言い、いつも通りの会話をして、駅構内を出たところで電話が切れた。

駅前で催される大道芸を横目に金券ショップで商品券を換金し、そのままCDショップに移動し河野智美のリュクスを購入した。

パソコンに向かって暇を弄んでいると両親から連絡があった。特に変わりは無いという。

ジムにて相撲を眺めた後、ニュースを見ていると太平洋沿岸にて積雪の可能性があるという。暖冬だと聞いていたが、雪は降るという事か。

雨が降っている。雪になるのだろうか。

デューン 砂の惑星の新装版のカバーを見掛けた。楽しみにしている再販である。

2015年下半期の音楽

2015年6月から2015年12月まで聴いた音楽をまとめた(→2015年上半期のまとめ)。
今年後半は主にブログを参考に音楽を聴いていた。特に id:joefreeid:zu-jaid:yorosz のブログからフリージャズ/インプロビゼーション/クラシックに関して影響があり、聴いたものに反映されている。また「Jazz The New Chapter3」を読んだりもした。こちらは余り影響が無かった。そういったなかで趣味嗜好がはっきりとして来たように思う。

フリージャズと言えばこういうものだろう、そんな期待を裏切らない作品だった。モスラの名を冠しているため購入したのだが、あくまでコンセプチュアルなものであって、モスラとは直接関係無い。当たり前だがモスラのテーマのフレーズが飛び出したりする訳では無い。しかし敢えてモスラが飛び立つ場所について言及しておこう。モスラの原案はフランス文学を専門とする三人の作家により作られた。原案では国会議事堂で蛹となり成虫として飛び立つ事になっていた。これは安保闘争を念頭にしたものであり、政治的意味合いが多分に強いものだった。これを嫌った製作者側は最初に飛び立つ場所を東京タワーに変更した。モスラが国会議事堂から飛び立つには政治的色彩が弱まるまで時間が必要だったのだ。

Momoteru Takagi Trio「Love Song / People in Sorrow」

まず『SANDARDS~』から聴いた。基本的にジャズのスタンダード曲を知らない訳だから勉強も兼ねていた。綺麗な歌声だと思った。また Red Hot Chili Peppersの「Californication」のカバーが非常に良かった。
その後、ジェーン・スーがコンセプト・プロデューサーとして参加した『Bittersweet』を聴いた。「都会で暮らす不惑の女性のサウンドトラック ~女は愛に忙しい~」がテーマに掲げられ『SANDARDS~』のテクニカルな美声から一転、地声をコンセプトに合わせて採用しているようだった。四十代前後の女性の感情を描いた「Beautiful day」、アナと雪の女王の「Let it go」のアンサーソングともいうべき「Don't let it go」が面白かったのだが、最終的に「地下鉄のシンデレラ」で今までの淀んだ雰囲気を昇華させるような風を呼ぶ。例え風が一瞬の慰めだとしても、四十代はそれすらも織り込み済みだろう。

土岐麻子「セ・ラ・ヴィ ~女は愛に忙しい~」
土岐麻子「BOYフロム世田谷」

  • ノーバート=クラフト『ヴィラ=ロボス:ギター独奏曲全集』

平野啓一郎毎日新聞にて連載していた「マチネの終わりに」という小説がある。主人公がクラシックギタリストのため楽曲や演奏に関する話題が頻出する。この音源に収録された「ブラジル民謡組曲No.4 Gavata Choros」はフランスに亡命したイラク人女性の為に演奏される、繊細で温もりのある楽曲である。小説内では主人公がジュリアン=ブリームの演奏を聴くよう勧めているが音源が探せなかった為、ヴィラ=ロボスのギター作品を網羅した音源を購入した次第である。尚、演奏者であるノーバート=クラフトはギタリストとして世に出た後、スタジオエンジニアとして活躍しているという。

Norbert Kraft「Heitor Villa-Lobos - Mazurka Choro」

  • Albert Ferber『Debussy : Estampes & Children's Corner (Mono Version)』

ドビュッシーの『版画』に収められた「雨の庭」に興味を持ち聴いた。『版画』は「塔(パゴダ)」「グラナダの夕べ」「雨の庭」の三曲で構成されたピアノ作品である。気分や雰囲気を喚起する印象主義的音楽と言う事らしい。

Albert Ferber「Claude Achille Debussy - Estampes No.1 Pagodes」

リヒテルのピアノ演奏を聴く為に購入した。ブラームス「ヴァイオリン・ソナタ 第 1番 ト長調, 作品 78 雨の歌: 1. Vivace ma non troppo」、グリーグ「ヴァイオリン・ソナタ 第 2番 ト長調, 作品 13: 2. Allegro tranquillo」が印象深い。

Oleg Kagan and Sviatoslav Richter「Johannes Brahms - Sonate für Klavier und Violine Nr. 1 G-Dur op.78」

  • Battles『La Di Da Di』

Battlesの新譜。全曲インストゥルメンタルとなりミニマリズムが極まった。

Battles「The Yabba」

  • Blacksheep『+ -Beast-』『Blacksheep』『2』

まず『+ -Beast-』から聴いた。テーマは架空のアニメのイメージ・アルバムとなっており、今までもアート・ワークに参加していた西島大介がコンセプト、アニメーター寺尾洋之がキャラクター・メカニックデザインを手掛けている。作品も物語の進捗に従って「時間象限」「Φ-Phase-」「地球、買います」と盛り上がりをみせていく。
次に旧譜『Blacksheep』『2』を聴いた。何より「切り取られた空と回転する断片」が印象に残る。

blacksheep「時間象限」

  • 志人・スガダイロー『詩種』

BlackSheepを聴いて以降、スガダイローに興味を持ち、「Jazz The New Chapter」で紹介されていた『詩種』を聴いた。ラップはどちらかと言えば朗読に近いもののように感じるが、これに応えるピアノもまた力強い。物語は擬人化された動物たちが現れ、特に白猿と赤天狗の物語を中心に進むという構成になっている。この詩の世界観の完成度が非常に高く、簡単に聴き流す事は出来難いものとなっている。

志人・スガダイロー「ニルヴァーナ-涅槃寂静-」

  • スガダイロー『刃文』『sugadairo piano solo at velvetsun』

引き続きスガダイローを聴いた。まず『刃文』から聴いた。トリオの演奏になりキャッチーだがしっとりと濡れた日陰の擁壁の手触りのような印象が残る。
次に『sugadairo piano solo at velvetsun』を聴いた。上記の『詩種』でも聴いたフレーズが聴こえたりする。特に印象に残るのが「はとぽっぽ」の演奏だったのは我ながら驚いている。

スガダイロー「刃文」
スガダイロー「蓮の花」
スガダイロー「無題(ペール・ギュント習作2)」

  • GRAPEVINE『EVIL EYE』『EAST OF THE SUN / UNOMI』

未だに聴いている。そもそも未だに聴けるのは何故かと考えれば惰性が一番とも言えるが、ブラックミュージックに影響を受けた音楽である事が根底にあるのかもしれないと後付ながら考えている。

GRAPEVINE「EVIL EYE」
GRAPEVINE「EAST OF THE SUN」

ギタリスト尾尻雅弘による七弦ギターによる演奏。端正な印象を抱く。

  • Nonoko Yoshida『Lotus』

アルトサックス奏者吉田野乃子の『Lotus』を聴く。多重録音されたアルトサックスの反復と変調は日常に最適化されて狂った身体を解放してくれる。

Nonoko Yoshida「Lotus」試聴用動画
Nonoko Yoshida「Take The F Train」Live ver.

  • Ryoko Ono『Alternate Flash Heads』『Undine』

アルトサックス奏者小埜涼子の作品を聴く。まずは『Alternate Flash Heads』を聴いた。九十九の数秒から一分程のトラックが収録されており、聴き方は一から九十九まで順に聴くのも良し、ランダム再生で九十九の九十九乗という殆ど違う曲順でも聴く事も可能になっている。ランダム再生でアルバムリピートにすれば、激しく息を乱した永遠とか無限とか言った存在を意識してしまう。
次に『Undine』を聴いた。一.五倍速「タルカス」の印象がどうしても強いのは十五分もある曲を見事な編曲で飽きさせず聴かせてくれるからだろう。多重録音による「Piano Phase」、チャーリー=パーカーのメドレーに化粧品ブランドを歌詞に添えた「birds」と密度が濃い。

Ono Ryoko「Undine」digest
Ono Ryoko「esoteric」
Ono Ryoko「birds」

  • Colin Vallon Trio『Les Ombres』

ECMにて作品を発表するようになったコリン=ヴァロンのデビューアルバム。認識したの「Jazz The New Chapter」だが、たまたま検索をしているところに下記楽曲を聴き、すっかり気に入ってしまった。「Un rose en hiver」の躊躇いがちな鍵盤の進みに知らぬ間に同調してしまう。

Colin Vallon Trio「Juste Une」

John Lewis の平均律クラヴィーアが聴きたいと思うようになったものの、よくよく考えてみるとそもそも平均律クラヴィーアを聴いた事が無い。そこで全曲揃ったヴァレリー=アファナシエフの演奏を購入した。音楽理論的な話題で頻出する事は知っているものの、よくよくどこか聴かされていたフレーズがそんな事を忘れさせてくれる。

Valery Afanassiev「Das Wohltemperirte Clavier BWV846 - BWV851」

2016年1月4日~2016年1月10日

答えが出ないのは当たり前であり、結局のところ決断が物事の大分だと改めて思う。

髪を短く切り白髪を見つけるのが容易になった。老いに対する自覚は身体的な変化が養うものだろうか。

久しぶりに図書館に出向いた。ストルガツキー兄弟の著作を読む為に基本的に古本を購入していたが、さすがに定価の二倍以上の価格を購入する余裕は無い。例えばヌーンユニバース―異文明接触委員会が関わるラドガ壊滅は二万円の価格になっている。まずはモスクワ妄想倶楽部で語られた青ファイルこと滅びの都を読み終えたいと考えている。

マチネの終わりにが終わりを迎えた。主人公の演奏に、結局結ばれる事の無かった女性が涙を堪えながら、人の存在の肯定とでも言うべき意図を解釈している。二人が再度出会いを果たしそこで何が語られるのかは読者に委ねられていた。一つ一日の束の間の楽しみが終わってしまい途方に暮れている。